国家は地図、拳は戦争―虚実ないまぜの重厚な都市語り

地図と拳 (集英社文芸単行本)

『地図と拳』小川哲著を読む。

 

満州が舞台。母の親戚が満州鉄道に勤務していたことを知り、満州に興味を覚えた。

満洲映画協会会長甘粕正彦関東軍・作戦主任参謀の石原莞爾関東軍司令部参謀の辻政信など満州国建国にあたり跳梁跋扈した群像劇かと思ったら、違った。さすが。

 

1899年の満洲から物語は始まる。日露戦争前の満州に潜伏する軍人の高木と通訳の細川。そして日露戦争満州独立、日中戦争(第二次世界大戦)、日本の敗戦、引き揚げ。
戦争の凄まじさと虚しい権力闘争を描いている。

 

テーマがタイトルになっている。該当箇所引用。

 

細川曰く「国家とはすなわち地図であると。―略―国家は本来形のないものです。その国家が唯一形となって現れるのは、地図が記されたときです」拳は暴力、喧嘩、戦争だと。「なぜ『拳』はなくならないのでしょうか。―略―世界地図を見ればすぐにわかることですが、世界は狭すぎるのです」

 

世界というパイを世界の列強国が拳をふるい合って勝った国が新しい地図を描く。

話の核となっているのが都市計画。


日本は満州奉天のそばの村「李家鎮」に新しい都市を創ろうとする。名前を「仙桃城」と改める(フィクション)。

 

細川は「仙桃城を『虹色(7色)の都市』に」すると訴える。「満州民族漢民族、そこに日本人とロシア人、朝鮮人とモンゴル人で6色」。残りの1色は「この地の死者、犠牲者」だと。「国家や民族、文化の壁を越えて、様々な立場の人々が手を取りあって生活します」

 

理想的な都市創造を目指すが、戦争へと時代は猛スピードで進む。

 

高木は戦死する。未亡人・慶子に再婚をすすめる細川。いわゆる地図屋・須野と再婚。生まれた子どもが次男の明男。父親に似たのか学究肌というか地図オタク、気象オタクで母親に将来を案じさせるが、東京帝国大学へ進学。父親の後を追うように兵士兼研究者として満州へ。

 

古参兵は明男が帝大卒のインテリと知っていて「アカ」と呼ぶ。なんとなく帝大助手だったが、陸軍二等兵として召集された丸山眞男を思い出した。

 

「仙桃城」にさまざまな建物・施設の設計・建築に携わる明男。その矢先、真珠湾攻撃を知り、夢を潰えざるを得なかった。

 

「明男は命のやりとりにも、資源のやりとりにも興味がなかった。建築だ。建築によって都市を繫栄させる。それによって満州という国家の理念を―「五族協和」と「王道楽土」を実現する。それこそが自分にとっての戦争だった。米国との開戦は、満州開発の終戦である。昭和十六年十二月、明男の戦争は完全に終わってしまった」

 

代官山同潤会アパートル・コルビュジエの名著『輝く都市』を須野は仲間と共同で翻訳するなど建物マニアには、うれしいシーンがふんだんにある。

 

水と脂だった蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党は、抗日運動で共に戦うが、
日本の敗戦後、再び覇権争いを始める。

 

1955年、再び仙桃城を訪れた明男。彼の胸を去来するものは。懐かしい中国人の女性とともに―。虚実ないまぜの重厚な都市語り。

 

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