漫画家版青の時代

トキワ荘の青春 [DVD]

トキワ荘の青春』監督市川準を見る。

 

日本一有名なアパートがトキワ荘だ。手塚治虫が仕事場にし、それから、石森章太郎赤塚不二夫藤子不二雄水野英子など日本の漫画の一時代を築く漫画家が棲みつくのだが、そのトキワ荘の長兄的存在だったのが、寺田ヒロオである。

 

寺田ヒロオと聞いてピンと来る人は、60代半ばから上の人だろうか。金太郎とクマがバッテリーを組んでプロ野球で活躍する「スポーツマン金太郎」や盲目の柔道の達人が主人公の「くらやみ五段」など、ぼくが漫画に夢中になり始めていた頃、人気漫画家だった。

 

まもなく起こる漫画週刊誌ブームの中、健全な少年漫画を追求する彼と商業主義(当然なのだが)の出版社と折り合いが合わなくなり、筆を折る。亡くなるまで、彼はペンを握らなかったようだ。

 

監督の市川準は、売れっ子TVCMディレクターであり、数々の本編をコンスタントに発表していた映画監督。そんな彼にも、「私もこれで会社を辞めました」というあの禁煙パイポのTVCMでブレイクするまでは、かなり長い間下積みの時代があったそうだ。それまで、膨大なボツラフTVCMコンテがあるはずだ。

 

市川準の作品にはいずれも、古き佳き映画の匂いがする。人間へのやさしさ、滅びいくものへの愛おしさを感じる。若さより老い、流行より時代遅れ、合理的より非合理的。デジタルよりアナログ。うまく説明できないが、手作り感のある温もりとでも言えばいいのかな。

 

まさに、日の出の勢いで上昇していく若き才能たちと、時代にもはや乗ることを自ら拒否した観のある寺田ヒロオ(リアルタイムで読んでいた小学校低学年のぼくにも、寺田の絵はかわいすぎて、迫力がもの足りなくなってきていた)。

 

市川準が、本木雅弘扮する寺田ヒロオにスポットを当てたのは、当然のことなのかもしれない。

 

トキワ荘内部のひき絵の長回し、そこに編集者がひっきりなしに通う部屋と、ぽつねんとしたマイペースで仕事をしている寺田の部屋を象徴的に物語っている。

 

モッくん、好演。夏目漱石を昔、クルマのTVCMで演じているが、古風な漫画家も凛々しくて良い。

 

同監督の初期の作品「BUSU」でまだ少女の肢体だった富田靖子の走る姿を延々とローアングルで撮る印象的なシーンが出てくるが、この映画でも、足元のアップが出てくる。

 

当時の世相を流行音楽とスチール写真で、さりげなくインサートしてあるが、これが、すごく効いている。写真がいいなあと思ったら、エンドロールで、木村伊兵衛田沼武能の写真だったことを知る。どおりで…。

 

まだ、貧しかった時代だが、今よりは希望や夢があったと書くのは、文学的な感傷だろうか。かつて村上龍はメルマガで、あの時代は貧乏だから今の方がいいと述べていたが。

 

帰省して、家族の古いアルバムを開いた時のような、そんな気分にさせてくれた。

 

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