「万物に子供のように驚きの目を瞠(みは)る人」

 

 

博物学の巨人 アンリ・ファーブル』奥本大三郎著を読む。

 

ファーブル先生は、日本ではつとに高名だが、母国フランスではさほど知られていないそうだ。確かにそうだ。虫の音を風流と感じ、和歌や俳句をしたためるなんざ、昔の日本人ぐらいなもんでしょうから。そのファーブル先生の生涯を斯界(しかい)の権威である作者がペンをとるのだから、これはもう読むしかないでしょう。

 

ファーブル先生は、実家のカフェ経営が思わしくなくなり、15歳の時、神学校を辞め、働きに出る。しかし16歳の時、アヴィニョン師範学校に一番で合格。19歳で小学校の教師となり、25歳の時、コルシカ島の中学の物理の先生に。爾来、好きな虫の研究を続ける。「物理の教師のくせに虫に興味を持っているらしいあの男」と教師仲間から揶揄された先生だが、栄誉ある科学アカデミー賞を受賞する。『昆虫記』第一巻が出版されたのは、55歳の時である。

 

研究資金捻出のために、アカネの染料で特許を取る件(くだり)は、きわめて実学っぽいというか、ある意味、ベンチャービジネスっぽくてますます気に入った。

 

社交界のパーティーなどを時間のムダと決めつけ、権威を徹底的に毛嫌いする。文字通り在野の人であり、教え子たちに愛された先生。授業がいかに楽しかったかを想像するのもたやすいことだ。


徹底した実証主義者の先生とは正反対のダーウィンや『自由論』などの著者ジョン・スチュアート・ミルとの意外な交遊録も興味深い。

 

作者は「独学者にして特異な思想家」また「文学と科学の調和を実現」した人として、ファーブル先生と南方熊楠(みなかたくまくす)を挙げている。ともかくパイオニアであり、アカデミックな立場でなかっただけに、正当な評価を受けるまでに随分と遠回りをした先生。

 

「万物に子供のように驚きの目を瞠(みは)る人」。作者の敬愛と優しさに満ちあふれた文章からその生涯を知ることができる。

 

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