荒涼たる気候よりも荒涼たる心の方が凍(しば)れる

 

 

『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』石黒達昌著 伴名練編を読む。

昔に読んだのは再読そして初読。まったく色褪せていなかった。早過ぎた作品だったのかもしれない。SFとしても純文学としても出色の出来栄え。


『希望ホヤ』
娘リンダは「小児癌」に罹っていた。余命1年。弁護士をしている父親のダンは何とか治してあげたいと手を尽くす。リンダの希望でカンダ島・希望の浜を訪ねる。そこのレストランで名物の希望ホヤを知る。乱獲により幻となっているらしいが、幸いにあった。グロテスクなゴツゴツした形は一つ一つが腫瘍だとか。見た目に反して味は良い。
ダンは希望ホヤの生態が娘の病気の快方への手がかりになるのではないかと知り合いの医師から女性技官を紹介され研究に取り組む。しかし、肝心の希望ホヤが品薄。地元の漁師に嫁いできた日本人女性は海女だった。彼女が希望ホヤを複数、捕獲。日本流にホヤを生で食べた。つられてリンダも生で。すると、彼女の体調が回復に向かう。しかし、海女でも希望ホヤは取れなくなってしまった。「医食同源」という言葉がある。
肝臓を痛めている人なら同じ部位の豚や鶏のレバー料理を摂ると記憶しているが。


冬至草』
北海道の厳寒な気候、「ウランを含んだ土壌」に生育して、人の生き血を栄養素として育つ謎の植物。第二次世界大戦中、それに魅せられた「在野の研究者・半井幸吉」。
栽培に挑むが、困難。『冬至草』に憑りつかれた彼の生涯。戦時中は科学的な有効活用を模索していたが、戦後、米軍が進駐する前に資料などは隠滅してしまう。押し花でしか残っていない『冬至草』と半井の足跡を求めて「私」は、その地区に入る。タルコフスキーの映像様式のような。てきれば、この作品を長く、長ーく読みたいもんだ。


『アブサルティに関する評伝』
「実験の鬼」といわれたアブサルティ。自らノーベル賞を獲ると宣言するほど。画期的な発見といわれた論文は捏造されたものだった。栄光の座からインチキ研究者へ。研究所を追われた後、とある実験の結果が彼の理論とほぼ一致していた。偶然かもしれないが。「実験データを捏造」したが、「仮説として発表していればノーベル賞」ものだったと。彼は外国の研究所に移りレポートを出している。自説を正当化するために、有利なデータを抽出する。常套手段だと思うが、捏造ではないだろ。野心とサイエンス・マインドは両立しないものなのか。


『或る一日』
原発事故か何かで放射能に汚染され、まさに生き地獄と化した国へ派遣された医師。彼の眼を通して描かれる惨状。汚染物質に冒され病気の子どもたち。死や死体に慣れてしまい、哀しみの情も生まれない。ディストピアの中で科学の功罪を考えさせられる。

 

『ALICE』
「理論量子力学研究所」の研究員ALICEは恋人のMikaを殺す。彼女はレズビアンだった。ALICEの精神鑑定を担当したのがalice。ユング派の夢分析からセラピーを試みたがうまくいかなかった。ALICEは看守から銃を奪い、看守を射殺。独房は囚人たちの支配下となる。兵糧攻めで行く看守たち。「2年半」待って囚人たちの銃弾が尽きたとみるや突入する。ALICEはむごたらしい死体で、aliceは心神耗弱状態で見つかる。ALICEを殺したのはaliceだった。多重人格をテーマにしたサイコホラーSF。これも長篇で読みたい。

 

『雪女』
「体質性低体温症」という奇病の女性・ユキに関する研究レポートスタイルで展開する。年齢不詳。アイヌの伝統的な衣服・アツシを着ているユキ。漫画『ゴールデンカムイ』のアシリパと重なる。女性及び一族の研究に熱を入れ過ぎて医師・柚木。ミイラ取りがミイラになる。作者も医師だからなのだろうか、クールな理系SF。と括れてしまえるが、伝奇風味が効いている。編者に「決定的な影響を与えた短篇」だそうだ。


『平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,』
主役は絶滅寸前の「ハネネズミ」(作者がこしらえた架空生物)。「ハネを震わせる時、体全体が発光して涙を流すという言い伝えがある」。さまざまなハネネズミの謎を解き明かしたのが、明寺博士だった。確かに光った。そして待望の胎児も産まれた。でも、博士の取った暴挙とも思える行動はなぜ。横書き、レポート形式。そこに多数の白黒写真が掲載されて、よりリアリティを出している。

 

編者は作者を見出した福武書店(現ベネッセコーポレーション)の文芸誌『海燕』にふれている。『海燕新人文学賞』から小林恭二佐伯一麦吉本ばなな小川洋子角田光代島田雅彦などを輩出した。いまは、しまじろうと進研ゼミの企業になったけど。違うか。文芸誌に進出したのが、仇花なのだろうね。

 

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