やさしさに包まれたなら

 

『雨の島』呉明益著 及川茜訳を読む。

 

作者は元々ボタニカルアーティスト志望だったそうで、
表紙や各篇の扉絵にその腕前を披露している。動物画だが、綿密でマジうまい。
映画とか撮ったりするかも。

 

作者の小説がきわめて映像的なのは絵が描けることも下地にあるのだろう、たぶん。

 

いまや貴重となった台湾の原風景や絶滅寸前の台湾固有種の動物や台湾先住民族に向けるやさしさとリスペクトの気持ちが底流にある6つの短篇集。


ともするとノンフィクションタッチのネイチャーライティングでまとまりそうだが、
それはそれでありと思うが、作者はそこにSFというスパイスをふりかけた。

 

それが「クラウドの裂け目」。このコンピュータウイルスに感染すると
クラウドのセキュアなパスワードが読まれ、侵入される。
そして「クラウドドライブの所有者と他人との関係を分析し、それからドライブの「鍵」を誰かに交付する」(作者後記から引用)


クラウドの裂け目」によって知らなかったことや隠蔽されていたことなどを
思いもかけずに知ることとなる。その話の展開が巧み。

 

各篇のさわりを手短に。


『闇夜、黒い大地と黒い山』
ソフィーはミミズの研究者。彼女は養子となってドイツで育つ。虫好きの小さい女の子。養父であるマイヤー父さんは40歳の時、台湾の高山で遭難、先住民族に助けられる。

 

『人はいかにして言語を学ぶか』
自閉スペクトラム症」の男児・ディーズ。鳥の鳴き声にのみ反応する。鳥の研究者となるが、耳が不自由になってバードウオッチングではなく鳥の声の手話に取り組む。苦心していると、「クラウドの裂け目」から母親の鍵を受け取る。大江健三郎のイーヨーものを思い浮べた。

 

『アイスシールドの森』
ミンミンの恋人は「ツリークライマー兼研究者」。彼が事故に遭い、気分はどん底
まるで南極探検中に雪嵐で閉じ込められた状態。で、心象風景のはずなのに、その厳しいシーンがリアルに展開するかのように。

 

『雲は高度二千メートルに』
小説家の妻が突然、殺され、生きる希望を失くした弁護士。職を辞し、ふさぎ込む日々。「クラウドの裂け目」から亡き妻の書きかけの新作を見つけて、読む。幻のウンピョウを発見することが生きる目標となって再起する。

 

『とこしえに受胎する女性』
絶滅の危機にあったクロマグロを追って同船したメンバー。国籍も、年齢も、経歴も異なる。暴風が去った後、待望のクロマグロの群れの音が。『複眼人』のモチーフになったそうだ。

 

サシバベンガル虎および七人の少年少女』
大きくなったら虎を仲間で飼おうと決めた七人の少年少女。それはかなわず、「僕」は鷹を手に入れる。叔父さんの影響だ。叔父さんは浮き沈みの激しい人生だった。「クラウドの裂け目」から叔父の鍵をもらい、撮りためた大量の動植物の映像や画像を見つける。さらに大量の詩作も。詩を書いていたとは。

 

ネイチャーライティング×SF、台湾マジック・リアリズムを堪能する。

 

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