『腐爛の華―スヒーダムの聖女リドヴィナ』J.k.ユイスマンス著
田辺貞之助訳を読む。
読み出して『旧約聖書』の『ヨブ記』を連想してしまう。艱難辛苦 我に与え給え―
ヨブに神への忠誠を試すために次々と厳しい試練を与える。究極のM体質かよとも。
と思ったら本文にも後で『ヨブ記』がちらと出てきた。
でも、リドヴィナの方が重い試練だと。
リドヴィナは「オランダのハーグのそばのスヒーダムで1380年に生まれた」
見目麗しい15歳の彼女に男たちが求婚してきたが、「神様に身を捧げたい」彼女は、
その美貌ゆえ男が寄って来る。いっそのこと、不要と思っていた。
そして病気にかかり、望み通り容貌は醜くなった。
気分転換にと友人がスケートに誘う。転倒して骨折する。骨折したところに膿瘍ができ、立てなくなった。いざり歩きもできなくなって死ぬまで寝たきり状態となった。
「脇腹の傷が悪化、壊疽ができた」。「腐爛した」部分から「蛆虫がわいた」。
神からの試練はさらに続く。丹毒、ペストそしてライ病にまで罹る。
重病人がいると聞きつけて腕試しに医者が来るが、手の施しようがないと。
隔離、監禁状態の彼女。神はいないのか。なぜか「傷口は馥郁たる香り」「膿汁もよい匂い」「吐瀉物も快い香り」がした。
聖女とはかけ離れた容貌・容姿のリドヴィナだが、彼女が聖女であることが周囲に次第に認識されていく。「彼女の部屋はまるで魂の病院のようで、つねに患者があふれていた」
自らは歩けない彼女。天使が彼女の魂を導いて「各地の教会や天国への散策」を楽しむ。体外離脱か。
天国に来たリドヴィナのいでたちがそぐわなくて聖母から叱責される。
聖母からヴェールをもらう。夢ではないかと思ったが、目覚めると「頭にヴェールはあった」。
彼女は祈りで他人の病は癒すことができたが、自身の病は治癒できなかった。
自身の命を削ることで他人の命を救っていた。
彼女の粗末な住居からはえも言われぬ芳香が漂っていた。
神はいっそう彼女を満身創痍にさせる。死期が迫っていることを知る。
遺言は「埋葬後33年間は遺骸を彫り出さないこと」。
リドヴィナの死に顔は以前の美少女に戻っていた。
聖女リドヴィナに最後の別れをしようと大勢の人が駆けつけた。
彼女の死後、奇跡が起きる。
不治の病だった娘が聖女リドヴィナに祈りを捧げると、
お出ましになって病を治してくれた。
足に不具合があって歩けない若い修道女。
リドヴィナが祈りにより直す手順を授けた。
首に「大きな癌性の腫瘍ができていた」修道女。
「苦行のために、跣足で下着をつけず、ただ毛織の服」のみで
リドヴィナの墓参りに行く。しかし、消えなかった腫瘍。
リドヴィナに祈り、眠ると、腫瘍は無くなっていた。
ユイスマンスは晩年、カトリックに改宗した。
改宗後に書かれたこの本は聖女リドヴィナの生涯をベースにしているが、
敬虔な信仰心に思し召しを与える数々の奇跡がなぜか深くしみいる。
神や聖母、天使たちが現れる幻想的なシーンは、さながら宗教画の名画の如く。