どこかにありそうで、「どこにもない場所」を書く、読む

 

 

『猫の木のある庭』大濱普美子著を読む。

 

西洋の怪談では幽霊やお化けは古城や貴族の古い館や別荘、教会など住まいに憑くといわれる。住まいの主が変わる度、小規模、大規模の改修、リフォームを行なう。で、奇怪な事件が起こったりすると、改修されて閉ざされた空間をぶち壊してみると、そこには。というのがお約束つーか定石の一つ。

 

みょうちきりんな書き出しだが、この作品もそのお約束を踏まえている。古い日本家屋や庭などの執拗な描写。

 

作者は30年近くドイツで暮しているそうだ。だから、その当時の日本家屋などを記憶や想像で書いている。そのことが濃厚な、谷崎潤一郎の『陰影礼讃』を思わせる世界。「どこにもない場所」を書いていると作者は述べている。

 

フェミニズム幻想文学とあらたまっていうのもよいが、往年の少女漫画好きにはたまらない一冊。金井美恵子の解説が、いやはや素晴らしい。

 

『猫の木のある庭』
書道の先生をしている中高年の独身女性。捨て猫を拾ってタマと名づけ、アパートで内緒で飼っていた。タマも大きくなったので、新しい住まいを探す。木造のはなれが見つかる。猫好きの大家の老夫婦は母屋に住む。時が止まったような屋敷内。猫は喜び庭に出る。一本の大きな木があった。根元には、歴代の猫の亡骸を埋めてあるので猫の木と呼んでいた。飼い猫が突然いなくなる。タマの鈴の音がどこからともなく聞こえる。


『フラオ・ローゼンバウムの靴』
お隣さんのローゼンバウム夫人が亡くなった。しばらくして夫人の管財人がやって来てなぜか靴を渡される。夫人の遺言だとか。日本人女性の私にはサイズが合わないはず。試しに履いたら、どんぴしゃ。この上ない履き心地。靴の虜になる。身体に異変が現れたことに気がついた友人Mが靴を脱がせて処分すると。ところがMは処分せずに靴を持ってロンドンへ―。悪魔の靴か。ふとアンデルセンの『赤い靴』を思い浮かべた。


盂蘭盆会』
姉の夏子と妹の冬子。姉妹の成長と家族と器である家の変遷の話。両親が亡くなり、夏子は結婚。夫は家に。夏子は娘朝子を生む。冬子は家事・育児担当。夫は突然死。退職後夏子は骨粗しょう症から寝たきりとなり、老姉妹は奇妙な遊びに夢中になる。夏子が亡くなると朝子は乳癌に罹り、あっという間に亡くなる。

 

『浴室稀譚』
銭湯の二階を借りたフサ江。以前は銭湯の休憩室だった。風呂はなく、シャワーのみ。古いが、格安の家賃。銭湯でマチ子と知り合う。フサ江は学習塾の講師をしながら、小説を書いていた。事情により部屋を出なければならなくなったマチ子は、銭湯の二階へ越してくる。世渡り上手の彼女。銭湯の掃除を条件に家賃を大幅に負けてもらう。二人は、毎夜、だだっ広い銭湯を探検しに行く。最新作のイヤミスを読んでもらう。ある日、マチ子はいなくなる。お湯に浸かるフサ江が見たものは。

 

『水面』
「空から、巨大な葛餅が落ちてきた」。この書き出しにもっていかれた。ワーホリでドイツを訪問、旅行会社でPC入力のパートをしているミサキ。「近所の自然食料品店の掲示板」で見つけたベビーシッターの仕事。高額。正しくは、母親のサポートのアルバイトをすることになった。顔を一度も見ることなく赤ちゃんは水路に落ちて溺死したと聞いて。


『たけこのぞう』
娘・猛子が画家だった母親松子を回想する話。母の感化か、猛子も画家を志す。エキセントリックぶりは芸術家ならではか。母の才能を認めリスペクトしていた。海外で暮らす猛子。晩年松子の家計は火の車だった。母の死後、アトリエに遺されたのは『たけこのぞう』。岸田劉生の『麗子像』を連想したが、これは松子に似ているような。

 

特に都市部では良き昭和のにおいを感じさせる家は、家主が亡くなると相続対策で地所が切り売りされたり、あるいは完全に更地になってその家の歴史は途絶え、空間も殺される。なら、そこに憑いていた霊は、浮遊するしかないのか。

 

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