どれも、これも、ふかイヤーな話―まさに、キング・オブ・コント(短編小説)

 

 

地獄の門モーリス・ルヴェル著 中川潤編訳を読む


なべて人は成功譚や幸福な話よりも失敗談や不幸な話を聞きたがる。
「他人の不幸は蜜の味」というが、この本は酸いも甘いもいろいろある。
たてまえの裏に秘められた本音を暴いたリ、イヤな話、辛い話のオンパレード。

 

編訳者あとがきによると

「怪奇文学の観点からは、エドガー・アラン・ポーヴィリエ・ド・リラダンの系譜」「タッチとしてはモーパッサン自然主義リアリズムに近い」

 

要するに、いいとこどり。

すき間時間や空き時間に読むのにもってこいだが、
ルヴェル沼にはまると、仕事や勉強に手がつかなくなるおそれも。

何篇か、見つくろって、そのさわりをば。

 

『髪束』
フロンタックの愛人、ルイーズは決して美人タイプではない。しかし、髪の毛はパリで一番美しいといわれていて、彼もぞっこんだった。
ゲーム仲間のル・ゴレックが、彼女の髪より美しい髪を見たことがあると。証拠に髪束を渡す。ルイーズの髪にそっくり。浮気?怒りのあまり決闘を申し込むフロンタック。ル・ゴレックは剣を刺されて虫の息。その髪束の持ち主は。

 

『金髪の人』
彼は生まれつきブサ面で事故に遭い、猫背で足を引きずるようにしか歩けない。お年頃になって思い切って女性に声をかけてみた。女性は怯えて金切り声をあげ、猛スピードで逃げて行った。落ち込む一方の彼。自分の人生をふり返ると死にたくなる。その寸前、娼婦に声をかけられる。オレに声をかけてくれる女性がいる。初めての接吻、初めてのジュ・テーム。しかし、命は尽きようとしていた。

 

『足枷』
未亡人となったジャルディ夫人。葬儀をそそくさとすませ、かねてからの計画通り、年下の愛人シャランドレと夫の遺産で悠々自適な余生を送るはずだった。ところが、遺言書には財産は「孤児救援友の会」に寄贈すると。若い愛人は態度が豹変する。金のない年増女と誰が一緒になる?
そこへ公証人が現われる。最新の遺言書があると。そこには、シャランドレとの再婚を条件に遺産を贈ると。妻の浮気をとっくに知っていた夫。最後の最後に手痛い目に遭う。

 

『太陽』
捨て子だったパラディユは、12歳の時、孤児院を脱出した。それからは自由な暮らしを楽しんでいた。ある日、憲兵隊に捕まる。彼は召集兵のリストに入っていて、そのまま兵隊になる。三食食べられ、寝床も快適な軍隊暮し。日が経つにつれ、かつての気ままな暮らしが恋しくなった。脱走を試みるが、失敗。作業を拒んで営倉に入れられる。独房の中で偶然ポケットにあったキラキラしたガラス片は彼の太陽で生きる希望でもあった。それを下士官が見つけ、砕けるガラス片。彼は下士官を殺める。孤独と不条理の文学の先駆け的作品。

 

『生還者』
ギウー夫妻のもとに村長がやって来た。夫妻の息子が載っていた潜水艦が攻撃され、おそらく亡くなったと。突然のことに怒りの矛先が見つからないギウー。一時救援金として200フラン、さらに追加の金ももらえることを伝える。いつの間にか耳ざとい隣人たちが同席。まずは200フラン。それから毎年国家遺族年金が700~800フランもらえると隣人の一人。皮算用に走りかけるギウー。

そこへ、まさかの息子、登場。潜水艦には乗っていなかった。はじめは歓喜の涙だったが、それから息子は酒浸りの毎日。諍いも。で、ついに。こんなことならいっそ沈んでくれればよかったのに。金も入るし。


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