『吹雪』ウラジーミル・ソローキン著 松下隆志訳を読む。
ストーリーは、著者の作品にしてはきわめてシンプル。ドクトル、プラトン・イリイチ・ガーリンは「ボリビア」が感染源とされる「黒い病」のワクチンを一刻も早くドルゴエへ届けるため、御者セキコフの馬ソリに乗る。「黒い病」に罹った人間は強靭な肉体かつ凶暴なゾンビになる。
「こんにゃろめ…」が口癖の御者セキコフ。しかし、猛吹雪に遭って進むことは困難。
焦る医師。御者に馬にムチを当ててスピードアップを要求する。小さな馬たちは、天候のせいか、天敵のオオカミの襲来を察してか、動かない。馬思いのセキコフも走行拒否。
猛吹雪の夜、まったく視界がきかない中、次々と予期せぬ出来事が。ガーリンは馬ソリの車の滑り木がお釈迦になって修理をお願いした製粉所の奥方とあらぬ関係になる。
で、墓地に迷い込んだら、麻薬の売人たちと知り合って高価なドラッグを体験する。
あ、トリップする描写は、ソローキンらしさが堪能できる。「私は死ぬ!」→「わたしぬ!」→「わしぬ!」→「わし!」いやあシュール!
早く目的地に着いて「黒い病」から人々を救いたい。その大義名分も目先の快楽には勝てないのか。「こんにゃろめ…」。
馬ソリが何かを轢いた。雲を衝くような身長5~6mの大男の死体だった。彼らは作業の合間に巨大彫刻を嗜むという。
にしても寒い。立往生。ガーリンは薬用アルコールを飲んで内側から温める。セキコフに手渡す。なんだか戦友みたいだ。ウオッカをラッパ飲みして真冬の氷の海に飛び込むロシア人のニュース映像を思い浮べた。
2人がゾンビに襲われるのかと安直に先読みしたら、そうでもなかった。
雪まみれの馬ソリの中、凍死寸前で中国人に救われたガーリン。凍傷で「体と脚に感覚」はなかった。結局、ワクチンを届けることはできなかった。吹雪は止んで、彼を嘲笑するようにまばゆい青天。
ナポレオンもヒトラーも結局、お手上げだった白い悪魔、ロシアの冬将軍。ゾンビよりも恐ろしいかも。
なんだ、なんだ、ソローキン、ふつうのクラシカルな小説だぞ。でも、めっちゃ面白いぞ。リスペクトする小説家の世界をうまく本歌取りしている。
カバーがクールでいかすと思ったら、Q-TAの装画だった。彼のコラージュって岡上淑子と同じくらい好み。