桜と雪

中学時代、住んでいたところでは
花見の時期に雪が降った。
 
カナダ在住の友人が新型コロナウィルスへの政府の対応を
ブログで書いている。
分け隔てなく迅速さと金額の高さ。
これがトップダウン、政治的判断。
それに引きかえ、我が国はどーよ。
会見はいいから、早くみんなにバラまけよ。
だって原資は国民が納めた税金だぜ。

今日は楽しい夏至祭

 
『ミッドサマー ディレクターズカット版』アリ・アスター監督を見た。
ネタバレしているので気をつけて。
 
彼女は大学院で心理学を学んでいる。彼は大学院で民俗学を学んでいる。
彼女は家族の不幸に遭遇する。神経が過敏なのか、強いストレスを受けると
過呼吸気味に。彼はそんな彼女の対処に手を焼いている。
ぎくしゃくしている二人の関係。
 
スウェーデンから留学している男の誘いで村で行われる「90年に一度の」夏至祭に
民俗学の院生仲間と行くことになる。
彼女も行く予定ではなかったが結局同行することに。
 
白夜の絵に描いたような美しい村。
音楽が奏でられ、踊る村人たち。アート、宗教、絵画、建築など独特の風習・文化。
ホラーは大概暗い夜や闇なんだけど、この映画は明るいシーン。
映像美にダマされるが、村の異様さが次第に露わになる。
異様といっても、それはこちら側からの感覚で。
 
たとえば、この村では一定の年齢に達すると命綱のないバンジー状態で
高い岩山からダイブする。日本なら「姥捨て山」だが。
その命は新しい命となって甦る。
 
ショックを受けた彼女は村から出ようとするが、彼は論文のテーマをこの村に
することを思いつき、友人のパクリだが、残るという。
 
アルコ&ピースの平子になんとなく似ている彼は、
村の娘に見初められる。
 
村を存続させていくために定期的に外部からの若者を生殖要員にしていた。
近親姦では障害を持った子が生まれる確率が高いから。
ところが、障害を持った子は時には予言能力など不思議な力を秘めているらしく、
そういう子どもは近親姦からと、使い分けをしている。
 
うっかりタブーを犯した仲間の一人。
良い論文のために約束を破った仲間の一人。
次々と消えていく。
 
彼らには最初、ユートピアに思えた村はディストピアだった。
 
後半、彼女にも思わぬことが起きる。それも何か村の長たちが仕組んだ話にも思える。
村出身の院生の手口は甘い言葉で自己開発セミナーやカルト宗教に
勧誘する手口といっしょだよね。
情報量が多いのでDVDで何度もチェックしたい。

文化の差異、カルチャーギャップは笑いにもなるし、ホラーにもなる。
究極のブラック・ コメディ映画。
映画館は女子率が高めだった。
 

神は声に宿る

 

 

昨日、やっと『ミッドサマー ディレクターズカット版』を見てきた。
3時間の長丁場、耐えたマイ膀胱をほめてやりたい。
感想を近々に。
 
『人間和声』ブラックウッド著 南條竹則訳を読んだ。
 
和声(ハーモニー)というと山下達郎のアカペラを思い出す。
コンサート前に流れていた。いる。
景気のよいとき、ウィーンからザルツブルグに足を伸ばした。
教会あたりから歌が聴こえてきた。石畳を伝わってよく響いていた。
ゴスペルの力強さ。
 
この本は人間の声とハーモニーが主役。
男は求人に応募する。求人先は「元聖職者」。
条件が「テノールの声とヘブライ語の多少の知識」。
山深い屋敷を訪ねると声のパートが異なるきれいな女性と大男がいた。
 
宿泊先の部屋で次々と奇妙なことが起こる。
目覚めると部屋の様相が一変。
そして轟音たちに襲われる。
彼らは「発声」する。
凄まじい音のバトル。
生き物のように揺れる屋敷。
 
「和声」は神への捧げもの。
それが最大の幸福につながるのだが、
目の前の幸福、彼女との愛を選択する男。
音の津波の襲来からやっとの思いで逃れる。
愛はお互いの気持ちのハーモニー。

和声(ハーモニー)、これは西洋音楽ならではのものらしい。
日本古来の音楽、民謡とかにはなかったのは知っていたが、
先日ピーター・バラカンのラジオを聴いていたら
インド音楽にも和声(ハーモニー)はないそうだ。
読みづらそうかなと思ったら、杞憂に終わった。
 
書きますた。
オリックス生命 BAKUBAKUヴィレッジ
カイセツ教授のビジネス・コーチング  子育て応用編
第8回 「能動的惰性」

www.orixlife.co.jp

 
 

桜は咲いたが

隣の区の図書館は新型コロナウイルス対策で
館内閲覧ができない。
1日遅れで返却と貸出。
 
風が強いが、帰りは駒沢公園を抜ける。
自転車での花見。
ソメイヨシノは陽当たり良好なところは
満開に近い。
休日なら花見の宴なのだが、自粛なんだろうね。
 
歩道に電動自転車がびっしり。
公園にはたくさんの子どもたち。
小学校などが休みでも行くところがないものな。
ここに新型コロナウイルス感染者がいたら。
 
袴姿の女子大生がちらほら。
近所の大学の卒業式。
ここに新型コロナウイルス感染者がいたら。
いけない。そんなことばっかり考えがち。

ティッシュペーパーは在庫があるようになった。
トイレットペーパーはすぐに売り切れるようだ。
問題はマスク。いつ定価で入るようになるんだろう。
ネット通販でマスクの扱いはあることはあるが。

うちは花粉症一家なのでたまたまストックがあった。
でも、まもなく底をつく。
『人間和声』ブラックウッド著 南條竹則訳を読んだ。
『六号病棟・退屈な話他五篇』チェーホフ著 松下裕訳を読んでいる。
 
書きますた。
オリックス生命 BAKUBAKUヴィレッジ
カイセツ教授のビジネス・コーチング  子育て応用編
第8回 「能動的惰性」

www.orixlife.co.jp

おはぎを食べてレムの短篇を読む

 

 

『短篇ベスト10』スタニスワフ・レム著 沼野充義 ・ 関口時正・久山宏一 ・ 芝田文乃 訳を読む。

レムというと長い、難解がつきもの。その短篇集ってどうだろう。
これが手変え品変え、いろんなテイストが楽しめる。
ハードな作風もいいが、ブラックだったり、風刺がきいたもの、ロボットのエンタメ系など多彩。

ちょっとだけさわりを紹介。
 
『三人の電騎士』

氷や石英などがキーワードのSF風メルヘンタッチの作品。出て来るキャラがどことなくユーモラス。「連作集」らしいのでeテレあたりでアニメではなく人形劇で見てみたい。
 
『航星日記・第二十一回の旅』

未読の「泰平ヨン」シリーズからの作品。舞台は「二十七世紀」。宇宙、テクノロジーの進化、宗教などを
テーマに描かれている。「星史」の新生物の奇怪、珍妙な図版が読み手の想像力をいっそうかきたててくれる。
 
『洗濯機の悲劇』

2社の洗濯機メーカーが競い合うように全自動洗濯機を開発、製品化する各社、新機能や過剰な付加価値をつける。派手な宣伝をする。ところが、たぶんいまでいうAI搭載の賢い洗濯機は暴走しはじめる。物質文明つーか資本主義社会や便利を標榜するヤカラを揶揄する結構なドタバタコメディ。『息吹』テッド・チャン著 大森望訳の『デイジー式全自動ナニー』とともに好きな作品。
 
『仮面(マスク)』

短篇よりも中篇。華やかな「宮廷舞踏会」のシーンなどクラシックな幻想文学の濃厚な匂いがする。オペラにでもなりそうなほどの悲恋物語。この手のものがうまいとは、意外
 

「貴方」と「あんた」、手紙と日記

 

最高の任務

最高の任務

  • 作者:乗代 雄介
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: 単行本
 

 

宝くじを買うつもりでラジオCMコンペに応募する。
このへんの桜はほとんどまだつぼみか。
 
『最高の任務』乗代雄介著を読む。
2つの作品からなる。
 
『生き方の問題』
 
「僕」と「二歳年上の」いとことの話。 
「ジュニアモデル」などになった早熟のいとこはまぶしい存在。
核となるのは手紙。
「貴方」と二人称で呼びかけるのは
ミシェル・ビュトールの『心変わり』か倉橋由美子の『暗い旅』へのオマージュか。
 
足利の祖母の家での再会。
彼女はこぶつきバツイチとなっていた。

山登りをする二人。
神社でモーションをかけてくる彼女。
天性のフラッパー。小悪魔(死語)。

エモいかつエロいシーンがこと細かに手紙に書かれる。
気になるいとこ同士。

家の長である祖母は強権をふるって愛があろうがなかろうとも
二人を夫婦にさせようと願っている。なぜか母系社会。
 
『最高の任務』
 
これは言うなれば阿佐美景子ちゃんシリーズの最新作。
『十七八より』では女子高生、『本物の読書家』では女子大生になった彼女。
本作では大学を卒業したばかり。

ファザコンやマザコンは知っているが、彼女の場合は叔母コン(コンプレックス)。
亡くなった叔母の影響が大きい。

核となるのは叔母からもらった日記帳でつけはじめた日記。
「あんた、誰?」が書き出しの日記。
余談。『新世紀エヴァンゲリオン』の惣流・アスカ・ラングレーの「あんたバカぁ!?」を思い出す。

失われし叔母との時間を求めて足利・渡良瀬方面へ家族旅行する。
 
太宰治はファンの女学生から送られてきた日記をもとに『女生徒』を書いたそうだが。
作者も阿佐美景子ちゃんへのなりすましぶりがやけにうまくて。
「貴方」と「あんた」。英語では同じ「You」。
この日本語のニュアンスの違い。
 
言いたかったことが違う本にあった。

「(マネは)版画や写真など複製画像が氾濫する時代を背景に、出自や次元の異なる多様なイメージの断片(典型性を帯びた形態に執着するゆえに古画からの引用が目立つ)を自在にアッサンブラージュし、「現実」のシュミラクール(模像)を創出した」
(『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』三浦篤著より)

 

なんか手法が似ている。
 
 

つけても構わない

 

息吹

息吹

 

 『息吹』テッド・チャン著 大森望訳を読んだ。

短篇が9篇。「作品ノート」「訳者あとがき」。
常套句で珠玉だの金字塔だの傑作とかがある。
この類の言葉はできるだけ使わないでレビューを書こうとしてきたが、
この本はもうこれらの常套句をつけても構わない。
 
感想をば。
 
『商人と錬金術師の門』
 
「どこでもドア」ならぬ<門>がある。
「タイムトラベル」ができたら。失敗を成功に変える。
でも、それは歴史を変えることになるのでタブー。
「過去への旅はなにひとつ変えませんでしたが、
わたしが学んだことはすべてを変えました」
旅は見聞を広めるというが、「過去への旅」は学びの旅だと。
 
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』
 「人口生物(仮想環境で生きているディジタル生物」

 をAIを駆使していかに魅力的にかつ進化させるか。

でもってビジネスとしても成り立たせるか。

飽きやすいユーザー(飼い主)にどんなアバターがうけるか。売れるか。
人口生物が成長すると学習して可愛くなくなる。
作者は抑えた筆致で書いているが、かなりおかしい。
このあたり、子どもと犬や猫と共通するものがある。

『デイジー式全自動ナニー』
 
全自動ナニー(乳母)といっても「ぜんまいで動く時計仕掛けのメカニズム」。
20世紀間近の発明。
機械なので人間と違って文句を言わずに働く。規則正しく授乳する。
雇い主の目を盗んで貴重品などを失敬するようなことはない。
などいいことづくめ。ところが…。
スチームパンク好きにはたまらないっす。
スタニスワフ・レムの『短篇ベスト10』に収録されている
『洗濯機の悲劇』と同じくらいいいね!と思う。
 
『偽りのない事実、偽りのない気持ち』
 
記憶には意味記憶エピソード記憶がある。
意味記憶とは1964年東京オリンピックがあった。という史実。
エピソード記憶は1964年東京オリンピックがあった年に両親は結婚した。など
パーソナルな歴史。で、どちらが記憶しているかというとエピソード記憶の方。
ビデオカメラやITが普及する前は脳内で記憶していた。
ところが
エピソード記憶は、百パーセント完全に、テクノロジー仲介されたものになる。」
 
人の記憶は間違いやいいように改竄される。
でもそれは生きるための術だと思う。
すべて正しく映像などでアーカイブされているのって一見いいようだが、
薄気味悪いよね。
事実ってなんだと考えさせられる。