『アルマジロの手-宇能鴻一郎傑作短編集』宇能鴻一郎著を読む。いやあ、こってりがてんこ盛りで、読んだ後、パンシロンを服用した。食欲、性欲に貪欲、つまり、生きることに貪欲な人物たち。「ワイルドだろ」というギャグが流行ったが、野生的、もしくは野性的。ウノコー先生の作品を、皿まで舐めるようにエンジョイした。
以下、各篇を紹介。
『アルマジロの手』
まずはアルマジロのうんちく。作家である「私」はメキシコに入る直前、カメラマンの加納と落ち合う。彼は取材旅行の同行カメラマン。以前、薄気味悪い日本の僧侶のミイラの写真を見せてくれたことがある。
メキシコのホテルに投宿するが、エレヴェーター・ガールのジョランダに恋してしまう。通訳となった「私」。マリアッチを依頼して伝統的なプロポーズをする。
メキシコの田舎へ出かけ、土産物店でアルマジロのハンドバッグを発見。物好きにも製造過程を知りたいと申し出る。生きているアルマジロの内臓を抉り出す残虐なシーンを目撃。購入したアルマジロのハンドバッグを加納に見せ、いきさつを話す。
メキシコ在住の日本人のM氏が戦前の思い出話を始める。友人に友永という男がいた。恋多き男で複数のメキシコ女性と恋に落ちた。婚約者がいたアデルを愛し、妊娠させる。そうなってしまうと、すがってくる彼女が鬱陶しくなる。父親の重病を理由に一方的に別れる。後見人の伯父に相当の手切れ金を渡す。ところが、叔父はネコババして、さらに「山賊の親分」に彼女の始末を依頼する。数日後、叔父の家の中庭に包みが投げ込まれる。アデルの生首だった。M氏が空き家の友永宅の様子を見に行くと、何ものかが扉をノックする。「セニョール・トモナガ」。アデルの声だった。再びメキシコに戻った友永は発狂する。「アルマジロの手」と意味不明の言葉を繰り返しながら。
数年後、アデルの胴体はとある屋敷を解体する際、見つかった。壁に塗りこめられていた、妊娠中でお腹がふくらんだミイラ化した死体。アルマジロのハンドバッグによく似ていた。ポーの『黒猫』の結末のような。
『心中狸』
「佐渡とともに狸の話が多い阿波」。「雪隠に狸が潜んで用を足しに来た若い娘のお尻を撫でる。長い舌でお尻を舐める」とか。阿波の17、8歳の美しいお姫様に狸が惚れてしまった。とりわけ丸いお尻に。お尻フェチなんだ、狸って。武術が得意なお転婆・姫様は男嫌いで知られていた。
侍女に化けた狸は姫様から厚い信頼を得るようになる。馬に乗った姫が難儀していたところを助けた若侍。彼女は好意を持つ。ねんごろになった姫と若侍。今度は彼に化けた狸、姫の気持ちを聞く。噂になった姫は心中を持ちかける。しかし、死んだのは狸のみだった。
『月と鮟鱇男』
関西で育った川本は40過ぎまで鮟鱇を食べたことがなかった。建設工事で茨城県に行き、そこでご当地名物の鮟鱇を食することに。鮟鱇のつるし切りも見学する。
彼は大食漢で腹いっぱい食べても満腹感を得られることはなかった。彼は事務員の慶子とできていた。しまいには、同棲も。名門大学を出た慶子。賢いばかりか、魅力的な肢体。悪知恵にも長け、会社の売上を巧妙に不正操作する。その金で彼女はいいおべべなど。川本はたらふく飯が食えるようになる。
彼女が川本に満足するわけもなく、「学生くずれの前科者」とつきあっている。慶子を全身舐めまわして食欲は満たされない。川本は鮟鱇を見て親近感を覚える。そして鮟鱇のように。今村昌平の映画を彷彿とさせる。
『蓮根ボーイ』
戦後まもない福岡の炭鉱地区が舞台。坑道が陥没、そこに水が溜まり沼ができた。農家は蓮根栽培を始める。しかし、働き手が足りない。沼に浸かっての作業は困難だが、父親や兄など働き手を炭鉱事故で亡くした家の子どもたちが手伝うことに。
義一もその一人。不登校だった彼が教師に説得されて登校した。美少年だが、貧しい身なり。早速、悪童たちの餌食となる。容赦ないイジメ。しまいには雌鶏と獣姦させられる。たくましい義一。タダでは起きない。鶏を持ち帰り帰宅。母親を喜ばす。
蓮根沼に飛来する鳥を、進駐軍の兵士が狩りに来るようになった。義一は猟犬代わりに沼に飛び込み獲物を捕獲する。チョコレートなどの菓子や現金などをもらっていた。下手すりゃ被弾するおそれもある危険な行為。ある日、義一は蓮根沼で死んでいた。
豊かな自然の描写や獲ったザリガニや雷魚をそのまま食べるあたりは、なぜか『ザリガニの鳴くところ』の自然描写を思い浮べた。