間に合う

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)


いっときは間に合わないかと思った原稿が
不思議なことにすんなりまとまる。
予定の文字数で予定時間に送ることができた。

『雪の階』奥泉光著を読む。
舞台は昭和10年。戦前の東京。主人公は華族の麗しきお嬢様。
心中は本当に心中だったのか。それをキーに話は進む。
しかし当時の東京の街並み、風俗などが精緻に記されていて
話を分厚くしている。
どんだけ古地図や資料を読み漁ったのだろうか。
映画『シン・ゴジラ』の東京の街の造形には
驚いたが、それに勝るとも劣らない。

「装飾織物(タペストリー)」「洋灯(ランプ)」
「内袋(ポケット)」などあえて古めかしいルビ使いがてんこもり。
アンティーク感をより強める。

謎の死を遂げるドイツ人ピアニスト。
お嬢様に流れる血の秘密。
双子の兄の狙いは。
軍人フェチ、ボーイズラブ、オカルト。
お嬢さまのご学友的存在だった女性カメラウーマンと
新聞記者は、にわか探偵コンビとなって謎を探る。
日光へ、仙台へ。
足はもっぱら鉄道。
このキャラが気にいった。
スピンオフ、いけるんじゃないか。
鉄道の謎解きは、鮎川哲也を彷彿とさせる。
2.26事件で大団円を迎える。
雪の東京。
作者のつくる世界にうっとりしながら読了する。
文学でありながら新本格ミステリーとしても
優れた一冊。

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回り道ぐるぐる

音声データ起こしにかかりっきりの数日。
じぶん史上最速記録樹立。
テープ起こしソフトに感謝。
これから構成、原稿書き。

渋谷の歩道橋架け替え工事で
またコースが変わる。
知らない出口が開通していた。
目的地まで地上を歩けば長くない距離が
回り道でどんどん遠くなるような気がする。

土岐麻子の新曲『 Black Savanna 』がそんな都会のナウをとらえたナウな曲。

 


そのルーツともいう曲が
山下達郎の『スペイス・クラッシュ』。
明治通りから見えるサンシャイン60
テーマにしたものとか。
サンシャイン60には
今は亡き西武流通グループ(のちのセゾングループ)の本部があった。
上の階。何回か打ち合わせに行った。
眺めが怖いぐらい良かった。
高所恐怖所です。

 

 

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1トン、150トン、2000トン

 

『塩一トンの読書』須賀敦子著を読む。
前から書名が気になっていた。
オリジナルは姑(義母)で
「一トンの塩を舐めなければその人を理解できない」。
転じて
「一トンの塩を舐めるくらい読まなければ本を理解できない」。
まず、量を読め。でも、くだらない本じゃなくて古典を読めと
作者は言う。
古典はなんとなくわかったような気になっているが、
実際に読んでみると発見がある。
読み返すたびに新たな発見があると。
ガイドブックでお茶を濁さず、原典にあたれか。
幸い、古典の新訳は結構出てるし、読みやすいことは読みやすい。

著者が書評で取り上げている本で面白そうなのを
読んでみることにしよう。

5月29日朝日新聞朝刊 文化・文芸面で
池澤夏樹監修」で須賀敦子の未発表翻訳全集が
刊行されることを知る。
須賀敦子にとって「シモーヌ・ヴェイユは「灯台のような存在」」
だったそうだ。
自己を律する生き方。教師。
須賀敦子シモーヌ・ヴェイユ
『工場日記』は大学生時代に読んだ記憶はあるのだが。


蛇足。
2000トンの雨は山下達郎
ダイナマイトが150トンは小林旭

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土地への思い

野蛮なアリスさん

野蛮なアリスさん


妻と娘は東京蚤の市へ。
いつものようにぼくと猫は留守番。
猫はいないけど。

『野蛮なアリスさん』ファン・ジョンウン著 斉藤真理子訳を読む。
都市計画、都市再開発という街殺しがテーマ。
ソウル市内の一角が下水処理場になる。
そこには貧しい人々が住んでいた。
「女装ホームレス、アリシア」もその一人。
彼(彼女)が語り部もしくは土地の霊媒師となって
失われた土地の歴史を蘇らせる。
ちょっとグロい描写もあるが人間の原始的なたくましさを感じさせる。
小説というよりも長い散文詩って感じ。

何度も書くが、渋谷の街が全身整形中。
高層ビルがぼこぼこ建っている。
わかりにくい通路。
京都も江戸も風水でつくられたそうだが、
守り神なき現代の都市計画。
清濁併せ持っているのが都市の魅力だろうが。

衛生的ではない環境。
汚れた飲料水。
イヌ鍋がごちそう。精がつくソウルフード
シャレじゃなくて。

都市再開発で土地を売る場合、
当たりくじとはずれくじがあって、
人生を大きく狂わせる。
日本がバブルの頃、
東京・下町の猫の額ほどの土地が億近くになった。
喜んで売ってたとえば田園都市線方面の奥地に
瀟洒な戸建を買う資金になった。
いまは飛び込み自殺の名所となっているが。

松本大洋の『鉄コン筋クリート』あたりが好きな人に。

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沈没

ヴェネツィアの宿 (文春文庫)

ヴェネツィアの宿 (文春文庫)

 

昨日の夕方。3記事送って燃え殻となる。
アルコール燃料を投下して沈没。

ヴェネツィアの宿』須賀敦子著を読む。
イタリアなどヨーロッパの思い出と
日本の思い出が
サンドウィッチされている。
作者のプロフィールは、なんとなく知っていたが、
どんな家庭で育って、どんな兄弟がいたのか。
興味はあった。
家族や親族の話はエッセイよりも私小説っぽい。
会社経営者の父親は欧州好き、旅好きの伊達男。
車はベンツ。おまけに愛人までいる。
病弱な母、がっしりとした愛人。

著者は父親の遺伝子を色濃く受けている。
反駁しながらも心の底では慕っている。
父と娘。
幸田露伴幸田文とか。
ふと向田邦子に似てないかと。
向田も父のことを書いている。
ちょっと調べたら、
須賀敦子は1929年1月生まれ。
向田邦子は1929年11月生まれ。
あらら。

イタリアで暮らして結婚して
骨を埋める気でいたと思うが、
ご主人の早世により
帰国を余儀なくされる。
いったんリセットして次の章へ。
そのおかげで
翻訳ではなく書いたものが読める。

関川夏央の解説を読むと
エピソードから著者の生き方がうかがえる。

著者はテッチャンでもあった父親にすすめられて
特急列車フライング・スコッツマン(いいネーミング!)で
ロンドンからエディンバラに行った。
いまもある。乗りたい。

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霧と偽霧

 

昨日は羽毛ふとんと毛布を干したのに。
今日は天気予報どおりに雨。
ま、ずっと記事を書くからいいんだけど。

『霧のむこうに住みたい』須賀敦子著を読む。
いきなりウジ虫いりチーズの話から入る。
長野でハチノコやザザムシは食べたことがあるけど、
ウジ虫チーズは食えるだろうか。

 

街、食べ物、人、本。
すべてが過去の記憶。
なのに鮮明。

「ふりかえると、霧の流れるむこうに石造りの小屋が
ぽつんと残されている。自分が死んだとき、こんな景色の
なかにひとり立っているかもしれない。ふと、そんな気がした。
そこで待っていると、だれかが迎えに来てくれる」

 

 


敬虔な気持ちにさせられる。

霧でふと思い出した。
昔、テント会社のカタログの仕事で伊豆ロケに
同行させられた。
季節は秋だった。
朝のキャンプのシーンを撮るのだが、
霧がほしい。
黒澤明みたいに霧待ちはできないので
カメラマンの助手が発煙筒をたいて
森を歩き回った。
たちこめる白煙。
後日、あがった写真は
見事なまでに霧のたちこめた朝のキャンプ場だった。

 

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舞えや歌えや


舞茸の語源が、確か山中で天然舞茸の群生に出くわすと
うれしさの余り舞うとか、そんなだったと覚えている。
須賀敦子がそんな存在になろうとしている。

ミラノ 霧の風景』須賀敦子著を読む。
デビュー作。後の作品の原石がちりばめられている。

オーク樽に仕込まれた原酒が歳月を経てウイスキー
成熟するように、イタリア暮らしで感じたことを
エッセイにする。

ミラノに霧の日は少なくなったというけれど、記憶の中のミラノ
には、いまもあの霧が静かに流れている」

 

 


ミラノが霧のまちとは知らなかった。
ファッションと山岳鉄道の始発駅。
ペルージャも出てくるが、
ああ中田英が所属したセリエAのチームか。
古いまちぐらいは記憶している。


ナポリ滞在記はナポリっこの屈折具合や
野菜売りの行商のおばさんとのやりとりが
なんとも映画のワンシーンを思わせる。

 

「そもそも若いころから私は滅法と言ってよいくらい翻訳の仕事が好きだった。それは自分をさらけ出さないで、したがってある種の責任をとらないで、しかも文章を作ってゆく楽しみを味わえたからではないか」

 

 

エッセイは「自分をさらけ出す」ことだろう。
その覚悟というか踏ん切りがついたのだろうか。

 

「コルシア・デイ・セルヴィ書店との出会いは、それについて一冊の本が書けてしまうほど、私のミラノ生活にとって重要な事件だったのであるが」

 


書いてしまったし。

 

リテラシーじゃなくて教養。
受け継がれてきた教養がいつの間にか途切れてしまった。

 

レナウンミラノというイタリアンも霧消してしまったかも。

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