おもしろうて やがてかなしき

烙印 (創元推理文庫)

『烙印』大下宇陀児著を読む。

 

本作に収められたエッセイ『探偵小説の中の人間』で作者は自戒の念を込めて、探偵小説作家はトリックに力点を置いて肝心の人間を描くことを疎かにしていると述べている。手詰まりと思われたミステリーに風穴を開けたのが、「松本清張君とか有馬頼義君とか」だそうだ。

 

「これらの作家は、探偵小説向上のために努力したのではありませんでした。本来自分がもっているものの中へ、探偵小説を取り込んだのです」
「芸術品を見世物にすりかえる(中村真一郎氏の言葉)ことになるし、探偵小説と一般文学との接近(有馬頼義氏の言葉)ということにもなる」

 

作者いうところの「ロマンチック・リアリズム」に裏付けられた8篇から4篇をピックアップ。

 

『烙印』
証書偽造が発覚、後がなくなった青年実業家・由比祐吉は、お世話になった亘理子爵の殺害を図る。由比の愛人の卑劣な罠にはめられた子爵は、ゴシップ記事に耐え切れなくなって自死する。由比は子爵の知り合いの倉戸農学博士が自死を疑っているのではないかと案じる。由比と愛人を見張っている男の正体は。最後に殺人の全貌が解き明かされる。


『決闘街』
大学生の吉本、田代、野々宮はS岳麓のスキー場にいた。彼らはスキーの上級者でS岳からZ山までの縦走を試みようとしていた。「直滑走で8里半」というロングコース。険しいコースはトライの価値あり。野々宮は恋人C子にこの景観を見せたいと、つぶやく。
途中、野々宮は転落する。実はC子に恋心を抱いていた吉本と田代の仕業。その後、二人は夢見が悪く、お互い口封じのためにと殺意が芽生える。二人が銀座のカフェで見かけた男、野々宮だった…。

 

『情鬼』
長尾新六はブ男でとても悪事をするような人間には見えない。ところが、窃盗、強盗、金庫破りの前科がある。犯罪で得た金で会社の経営をしている。いわば隠れ蓑。堅気の頃は、役所に勤務していた。上司の計らいで同じ職場の好きな女性と一緒になる。ところが、妻となった女性は上司の愛人だった。さらに再度女性に裏切られる。このショックが彼を悪の道に走らせた。ある日、窃盗の帰り、鉄道へ飛び込みしようとしている女性を救う。しかし、彼は轢かれて片腕を失う。けなげそうな女性。今度こそ。ところが、彼女にも裏があった。どこか憎めない男。バタくさいヒューマン・コメディー風ミステリー。

 

『凧』
緒方彌一は神童と呼ばれていた。でも、それは父親・彌太郎の英才教育のたまものだった。スパルタ教育は、いまなら子どもへのDVとして近所の人が通報するかもしれない。彌一が辛い目に遭ったとき、こっそり助けていたのが母親・つや子。母にも暴力をふるう父。その父親が殺される。彌一は、こっそり母と会ったいて役者・仙十郎が怪しいと睨むが、彼には完璧なアリバイがあった。仙十郎が継父となる。彼は神童から不良へ転落する。2種類の凧揚げに隠された意味。アリバイ崩しなど、殺人のトリックが鮮やか。

 

『危険なる姉妹』
宿屋の女将が客へ語る形式で始まる。美貌の雪子と静子の姉妹は父親が亡くなったあと、親戚の家に引き取られるが、そこの息子が異常者でイヤになる。自ら芸者となって自活の道を選ぶ。何せ美しく、育ちも良いので人気となる。静子が東京の大店の跡継ぎと恋仲になる。両親もできた人で結婚へ進むが、彼はすぐさま召集。お腹には子どもが。戦後の混乱期。食うか、食われるか。食われてたまるかと姉妹。オチがないとミステリーにならなかったか。谷崎潤一郎川端康成なら、もちっとエロく書くのだろうか。パク・チャヌク監督の『お嬢さん』ぽく感じたのはぼくだけだろうか。

 

人気blogランキング