翻訳をめぐる冒険―新しい外国文学には新しい翻訳を

翻訳を産む文学、文学を産む翻訳: 藤本和子、村上春樹、SF小説家と複数の訳者たち

『翻訳を産む文学、文学を産む翻訳-藤本和子村上春樹、SF小説家と複数の訳者たち-』邵丹著を読む。


膨大な資料にあたり「翻訳」を考察している。ただ内容がカブっているところが結構あるので、なんとかうまく整理してレビューにしたいと思う。

 

作者が、この本を書くきっかけは、2010年上海で通訳の特訓を受けていた著者が、気分転換で読んだ村上春樹の英語版『ノルウェイの森』だった。すっかり魅了されて「独学で日本語を学び」、わずか1年余りで『羊をめぐる冒険』を日本語で読みこなし、深い感銘を受けた。

 

村上春樹のインタビュー、作者の引用。

 

カート・ヴォネガット・ジュニアリチャード・ブローティガンは大学時代の僕のヒーローでした」

 

二人の小説のスタイルから「新しい日本語小説のスタイルを創り出」したと。

 

「その際に村上の参照枠となったのは、丸谷才一に名訳だと勧められたブローティガン藤本和子訳と、伊藤典夫浅倉久志などのSF専業訳者を始め、池澤夏樹、飛田茂雄が手がけたヴォネガット作品群の翻訳だった」

 

ブローティガンヴォネガットはいずれも、ヘミングウェイやフォークナーのように文学史的な座標軸に基づいて行われた従来の文学翻訳の経路ではなく、アングラ演劇とSFという少々遠回りルートを通って本格的に受容された」

 

 

70年代は新しいカルチャー(アングラやサブカル)がオーバーグラウンドしてきたが、彼らの文学も当時の若者たちに熱烈に支持されたと。

 

まずは、リチャード・ブローティガン本の藤本和子の翻訳について。日本でのデビュー作『アメリカの鱒釣り』の翻訳の新しさにはぼくも強い衝撃を受けた。翻訳第一作目。その新しさは、た彼女の生き方、アメリカ暮らしにあった。柴田元幸の解釈。

 

「翻訳文体をこう、とことん演じてみたらどういうことができるか。翻訳文体の可能性を広げようと試みたのではないかと柴田は推測する。ブローティガンの藤本訳ではつねに、伝統的な翻訳文体を対象とする一種の「脱構築」が行われているのではないだろうか」

 

翻訳文体の可能性を拡大したのは、「サブカルチャー」と「エクソフォニー」だと。

 

「翻訳の姿勢を整えるため、女性翻訳者たちは、一度、自由欲しさに主流文化からの「エクソ」脱出、そして地下に潜ることを試みる。その典型的な一人こそ、アメリカ文学の翻訳家である藤本和子だ」


「「サブカルチャー」と「エクソフォニー」という二つの概念を手がかりに、藤本の翻訳文体に働きかける「個性」いわば個人の生い立ちと言語習得のプロセスを追ってみよう」


「「サブカルチャー」は、―略―「特定の歴史的状況と結び合うある種の生き方」を意味する」「一方で「エクソフォニー」は、多和田葉子が「母国の外に出た状態一般」を指すものとして提示した概念である。多和田によると、エクソフォニー体験とは「自分を包んでいる母語の響きから」外に出る、一種の冒険のようなものだという。ドイツ語と似品後の二か国語で創作を行なう多和田をはじめ、十五年もイタリアで過ごした須賀敦子など、実際に「母語の響きから」外に出た日本の女性作家や翻訳家は枚挙にいとまがない。藤本もまた「エクソフォニー」」の系譜に連なる女性翻訳家の一人ではないだろうか」

 

彼女が大学時代に役者だったとは。文字通り役者から訳者になった。

 

次に、カート・ヴォネガットの本と翻訳について。

 

カート・ヴォネガット早川書房=SFが一般的かもしれないが。この本によるとヴォネガットは決してSFを書いていたつもりはないと。ニュータイプの作品ゆえカテゴリーできなかったということだろう。

ポストモダン文学の代表格の一人であるカート・ヴォネガットは、一風変わった経歴の持ち主だ。デビュー作『プレイヤー・ピアノ』が未来小説と評されたことで否応なしにSF作家のレッテルを貼られたヴォネガットは、六〇年代に入ると実験的な創作活動を繰り返し、若者を中心とする読者層にいち早く認められるだけでなく、彼・彼女らの揺るぎない支持を受けることによって」主流文学の作家たちの仲間入りを果たしたのだから」


では、なぜ、日本ではヴォネガットの小説がSFとみなされたのか。

 

若島正は、日本人読者がヴォネガット作品をSFとして受け入れることにさほど疑問を持たない理由として、ヴォネガットの長編小説がすべて早川書房から、それもSF翻訳界の二大巨頭である浅倉久志伊藤典夫の翻訳で出ていることを挙げている」

 

伊藤典夫ヴォネガットを見つけて、翻訳。初代編集長福島正美が『SFマガジン』に掲載する。で、浅倉久志が受け継ぐといった感じ。日本の翻訳SF通史としても楽しめる。


山野浩一サンリオSF文庫についても、かなりページが割かれているので興味のある人はご一読を。フィリップ・K・ディックトマス・ピンチョンコリン・ウィルソンがラインアップされている文庫なんてそうそうないから。


人気blogランキング