男の美貌は、七難、隠す

幻滅 ― メディア戦記 上 (バルザック「人間喜劇」セレクション <第4巻>)

幻滅―メディア戦記〈下〉 (バルザック「人間喜劇」セレクション)

『幻滅-メディア戦記』((上)(下))バルザック著 鹿島 茂 編さん 野崎 歓 訳を読む。

出版社はひと山当てるために血眼になって新しい才能を探す。当たれば、豪遊、別荘、パトロンだってほいほい運転資金を融資してくれる。一方、ごまんといる小説家志望者は、なんとかコネをつかって自分の原稿を出版社に売り込む。万が一、本が刊行され、奇蹟が起きてベストセラーになったあかつきには、印税を貯め込んで、名家の子女を妻にもらい、貴族の称号である「de」(ド)のついた名前に改名する(ま、これは日本では馴染みが薄いが)。

 

そんな生々しい19世紀フランス出版業界の話なのだが、どお?これって、まったく今とおんなじでしょ。今ならそこに、その野望の編集者と野望の芸術家の卵の仲立ちをするヤリテババア的存在の怪しげな出版プロデューサーや印刷プローカーがいたりするけど。

 

主人公は詩人志望の美貌の若者、リュシアン。彼の学生時代の親友は、彼の妹と恋仲にあり、父親が開業した印刷会社をゆくゆくは継ぐことになっていた。主人公は、一旗上げようとパリに上京する。

 

一方、印刷屋の父親は息子が文学なんぞに傾倒しているのが気に喰わない。「商売に学問は邪魔だ」と言わんばかりに。これって、創業者と二代目の苦労知らずのボンボンという典型的な図式ではないだろうか。

 

主人公はその美貌で貴族の有閑マダムを虜にして、運良く本の出版に至る。しかし、結局、彼の夢は破れ、失意のまま、故郷へ戻る。八方塞がりとなってしまって死を決意する。土壇場で、彼は救われる。か弱き美青年ゆえに次から次へとふりかかる災難を自ら振り払うこともなく、誰かの尽力で乗り越えていく。

 

当時の出版業界は、いまでいうベンチャービジネスだったらしい。詩や小説だって起業家にとっては、やはり、商品、売り物なのだから、原価を抑えて、高く売れれば、それにこしたことはない。


また、手形決済ゆえ決済される6ヵ月間に、やみくもに何冊も本を出版して、売れなければドロン!して、振り出した手形が不渡りになることも多かったことが文中から察せられる。

 

ここら辺のいい加減さは、21世紀になっても、広告・出版業界は、大して変わりゃしていない。支払い不履行になって慌てて弁護士に駆けつけると、「なぜ、契約書を交わしておかなかったのか」と判で押したように言われるようだが、それは、いわば永年の商慣行なのだから…。

それにしても、本作に出てくるのは俗物ばっかりだ。文壇、論壇、政党党派など一筋縄ではいかない連中が獲物の分け前を狙っている。ロクでもない奴、いるいるこんな奴、オンパレード。これには、恐れ入るしかない。確かに、長いし、厚くて、重たい。でも、この長さは認める。いやあ、こんな面白い小説は、最近読んでなかった、ほんとに。小説が娯楽の王様だった時代を代表する作品である。

 

巻末の山口昌男山田登世子の対談で挙げられている「リュシアンに似ている日本の作家H」って一体、誰なんだろう。そんなグッドルッキングな作家っていたっけ。
こっちも、少々気にかかる。

 

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