すべて売り物―飲んだ、恋した、書いた

 

 

『あの人たちが本を焼いた日 ジーン・リース短篇集』ジーン・リース著 西崎憲編 安藤しを ほか訳を読む。

 

作者は旧英国領ドミニカ国に生まれのイギリス人。ロンドンの女子高に入学するが、周囲は奇異な目で見る。アクセントがおかしい。ひそひそ。植民地から来たの、どおりで。「きみはイングランド人じゃない、汚い植民地人だ」(『あの人たちが本を焼いた日』より)。


彼女ははじめ素朴な疑問を抱くが、それ以降同じような数々の嫌な体験をするたびに、これがヨーロッパなのだと思うようになる。先進国、文明国を語っているが、それは騙っているわけで。疎外と孤独。アウトサイダー、外の人。そのあたりが作品のモチベーションになっているように思える。

 

広義的には私小説と括ってもよいと思うが、貧困、生活苦、病気、怒り、諦めなどで埋め尽くされている。人生の崖っぷちを意外にも怜悧な眼で書き綴る。小説なのだが、中にはルポルタージュ、ノンフィクション風の作品もある。

 

自分の未来なんていつでも不透明なんだけど、特に見えにくいいまだからこそ、読んでいて染み入るのかもしれない。

 

ともかく生きていくためには稼がないといけない。女優志望だっただけに、職を得るためには多少のはったり、詐称も。刑務所にも入ったらしいし。生涯、酒も恋愛も切らしたことはなかった。それらの経験が作品となって結実している。何篇か紹介。

 

『あの人たちが本を焼いた日』
友人のエディーの父親・ソーヤーは「屋敷の裏手に」本の部屋をこしらえた。父親が亡くなった。本の部屋はわたしたち二人の部屋に。ところがエディーの母親たちが、その蔵書を売却することに。売り物にならなさそうな本は焼却された。二人は本を持ち出した。しかし、その本は。ブッキッシュ・ラブ・ストーリーってとこ。

 

『あいつらにはジャズって呼ばせておけ』
このタイトルがかっこいい。ボリス・ヴィアンの『墓に唾をかけろ』と同じくらい。家主と言い争いしているわたし。結局、部屋を追い出される羽目に。運よく住むところが見つかったが。そこでもトラブルに巻き込まれ、不当に逮捕される。

 

『心霊信奉者』
自称慈愛に満ちた少佐。妻がいるのにマドレーヌという貧しい病身の踊り子と親密になる。彼女は急に亡くなる。母親に彼女の遺留品を送るために小さな部屋に行くと「白い大理石の塊」がどこからともなく飛んできた。彼女との生前の約束を思い出した大佐。あるご婦人の一言がよくできたオチになっている。ホラーともコメディともとれる。

 

『よそ者を探る』
ロンドン大空襲後、移住してきたローラ。しかし、よそ者に関する悪いうわさ話が飛び交う。地元住民との折り合いが良くなく、この地からの転居をすすめられた。ローラの残したスクラップブックには、戦争と女性蔑視(ミソジニー)への批判が忌憚なく記されていた。ローラは鉄格子のはまった窓のある療養所に入れられた。自ら入ったのかも。

 

『機械の外側で』
ヴェルサイユそばの病院の大部屋に入院してまもないイネス。ここは厳格なイギリス式の看護が導入されていた。彼女は入院患者たちと話をする。看護婦たちの規則正しい動きがまるで機械のように見える。マーフィー夫人の自殺騒動に巻き込まれる。患者たちの本心が見えると耐えられなくなった彼女。でも退院を先延ばしにするよう申し出たら、新しい患者が入院すると断られる。持ち合わせがない。それを察して金を渡すタヴェルニエ夫人。再入院を想像するイネス。

 

編者で訳者の一人でもある西崎憲の解説によると、作者の小説が売れたのは人生の後半になってからそうだ。。まったく関係ないが、訳者の一人である獅子麻衣子という名前が気になる。


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