哀しくてやりきれない

 

 

素粒子ミシェル・ウエルベック著  野崎 歓訳を読む。

 

確か、村上春樹のエッセイで知ったと思うんだけど、あのクルト・ワイルが作曲し、フランク・シナトラが歌った『セプテンバー・ソング』のような小説だ。おしまい。ってのは、駄目かしらん。ここでわかってしまった人は、こっから先は読む必要な~し!

 

人生のセプテンバー(秋)を迎えた異父兄弟の物語。語弊があるか、そう痛感しているのは、兄だけかもしれない。国語教師をしている兄(ブリュノ)は、全身性器のような、性欲命という本能むき出しの男。弟(ミシェル)は、穏やかでクール、脳ミソの代わりにC.P.U.でも入っているんじゃないかと勘繰りたくなる優秀な生物学者。もっぱら兄貴のイタセクスアリスが軸に、弟の話と交互に描かれているんだけど、結構、ポルノ。

 

その時々のフランスのと、いうよりも、世界的に流行ったカウンターカルチャーが出てくる。コミューン、ドラッグなどのヒッピー文化からニューサイエンス、ニューエイジ。日本だったらさしずめ、中津川フォークジャンボリーへ参加して、新宿風月堂でお茶してってとこなのかな。よーわかりまへんが。

 

お懐かしやアンガージュマンサルトルからイブ・クラインのパフォーマンスよろしく窓から投身自殺したドゥルーズ、フィリップ・ソレルスまで登場してくる。ソレルスに兄貴は小説を持ち込むが、やんわりとソフィスティケートされた応対で掲載を拒否される。

 

ウィメンズ・リブがもたらしたものは何か。それは、精神まで萎えてしまった心優しき(または去勢されてしまった)男どもを出現させたこと。なんて言っている兄貴。俗物っぽくて不良インテリゲンチャには、好感を抱かれることだろう。弟君は、キャラ的に女性に人気なんだろな。

 

小説ってこんなに自由に書いてもいいんだ。なんかぼく自身、小説という型にガチガチにはめられていたことを知った。地の文があって、会話があって、起承転結があって…という。時々出てくる物理学や遺伝子工学についての記述は、科学書を思わせる文体になったりしていて、温度差があるのだが、まったく気にならずに読み進むことができる。

 

で、やはり、エピローグが優れている。グッときた。どうきたのか、佐倉統風に言えば、弟の発表した論文により、ついにはミームが遺伝子をコントロールする時代になったことを書いているからだ。

 

20世紀後半の西欧やそこに生まれついた知識人を総括している気がするが、そこには哀しみを殺しながら生きている普遍的な人間の姿がある。

 

冒頭で『セプテンバー・ソング』で人生の秋って書いたけど、ロシアのウクライナ侵攻や右傾化に歯止めの利かないEC諸国を見ていると、人類も秋を迎えているのかと考えざるを得ない。

 

兄と弟に取り巻く小さな死から大きな死まで、ともかく死のにおいに満ちている。それは、エロスよりもタナトスと言うべきなのか。ともかく、不思議な味わいの小説だ。読んだ後に、さまざまな断片が、心のあちこちに突き刺さった。


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