新米探偵のオフィスは台北のうらぶれた路地裏にある

 

 

台北プライベートアイ』紀蔚然著 舩山むつみ訳を読む。

 

劇作家で大学教授だった呉誠は、演劇も大学も嫌になり、こともあろうに私立探偵に転職する。台北の路地裏に掲げた看板。探偵の経験はない。武道や銃器の心得もない。ただ、古今東西のミステリマニアとなんとなく勘が良い。それだけが武器だった。夫婦生活にもすき間風が吹いていて、妻は両親の介護でカナダへ。


TVドラマ「探偵物語」の工藤ちゃん(松田優作)は、ヴェスパが足だった。この探偵は運転免許がなく、移動は自転車かタクシー。一匹狼、個人営業なので大手興信所や探偵事務所に比べて格安。言うなれば、エコロジー&エコノミーなエコ探偵。

 

2つの事件簿が、つながって展開している。

 

事件簿1:夫の浮気調査のつもりがあらぬ方向へ
記念すべき初クライアントは人妻・林夫人。夫が浮気をしているのではないかと依頼される。夫は中央健康保健局台北支局に勤める公務員。尾行する探偵。タクシー運転手とも懇意になる。郊外のラブホテルで女性との密会を突き止める。でも、それは浮気ではなかった。保険金に関わるものだった。おっと、ネタバレになるんでここまで。

 

事件簿2:探偵、連続殺人犯で逮捕される
探偵の近くで連続殺人事件が起こっていた。依頼も受けていないが、探偵は調査を開始する。ところが、逮捕される。決め手は監視カメラの映像。確かに、犯行現場近くにいずれも探偵の姿が映し出されていた。でも、探偵は台北に不在の日があった。実はアバンチュールを楽しんでいた。守秘義務ってヤツで誰とは言えないが。

電車などできちんと並べない国にはシリアル・キラーは出ないのが持論だったのだが。探偵のそっくりさんの正体は。動機は。劇作家時代の彼を信奉していたのだが、あることをきっかけに強い私怨を抱き、報復に出た男。

殺人現場の関連性の謎解きなど凝っている。探偵に対して態度が豹変する警察組織。探偵を執拗に追いかけ、あること・ないことを伝えるマスゴミならぬマスコミ。

 

作者は日本のミステリファンらしく、横溝正史の『蝶々殺人事件』を引用したり、乱歩についても述べている。


アメリカのロマン派の詩人エドガー・アラン・ポーの怪奇的な美学と残酷な情緒が推理小説の始祖である江戸川乱歩によって日本の土壌に移植されると、土壌や水が合わずに枯れてしまうこともなく、ちゃんと花を開いて、新しい品種を生み出している」

 

このところ、ポール・アルテ著、アラン・ツイスト博士シリーズを一気読みしていたので、モノローグが続く文体のテンポの良さが小気味よく感じられる。ハードボイルドって男の、あるいは女のやせ我慢ってことだと思っているので、それもクリアしている。

 

台北の街並みや人々の熱気が伝わる。台湾人気質も知ることができる。それから探偵のおかん(お母ん)がいい味を出している。助演女優賞もの。つい辛辣なことを言ってしまう探偵。実はパニック障害という持病を持っていた。敵も多いが、味方も多い。意外とモテるのは、母性本能をくすぐるタイプなのだからだろうか。


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