おののく陰翳―恐怖と狂気と退廃の巴

 

誰にも知られたくない過去や、会いたくない人間の一人や二人はいるだろう。それが、恥ずかしい感情ではなくむしろ怖れに似た気持ちを抱いている場合なら、その度合いはかなり高いはず。

 

巴とは「外へめぐるような渦巻き(スパイラル)の形」であり、「物が円形を描くように回る様」を表現しているそうだが、三つ巴なんて言うと、こんがらがったものの最たるものだ。

 

芥川賞を受賞した『花腐し』と同様に、本書もまた、世の中からはみ出した男が主人公。彼は、34歳。二年間浪人して東京大学に入学するも、中途退学。覚醒剤中毒、その後、経済研究所とは名ばかりの怪しげな職場で禄を喰(は)む。東大裏のしもた屋に住んでおり、そこには、時折、恋人が訪ねてくる。彼よりも年下で、人妻。たまには、小遣いももらう関係。

 

予断になるが、その辺りは、かつて友人の学生寮があり、足繁く通ったことがある。昔のままの家があるかと思えば、レトロな洋館がひっそりと佇んでいたり、料亭と見まごう日本庭園を備えたお屋敷が並んでいたりする。黄昏時には、それこそ怪人二十面相が出没しそうなほど静かで薄暗かった。

 

偶然出会った元同僚(冒頭でふれた存在の男)から声をかけられ、書道家を紹介される。彼が撮っている映画を見せられ、その続きを依頼される。映画に映っていた美少女は、書道家の孫娘だと言うのだが。学生時代に映画を撮った経験がある彼は、最初は渋るが、元同僚のなだめすかしと少女に魅せられ、約束通り映画を撮る。かたぎになろうと、製薬会社に就職するが、4週間目に、頓挫してしまう。再度、書道家を訪ねると、愛人と書道家は顔見知りだった。書道家と人妻、その夫との関係。美少女と剣の達人の男。真相を解明しようとする彼に迫る危機。

 

作者は古き佳き東京を一個の巨大な劇場に見立て、そこに巧妙な仕掛けやカラクリをはりめぐらせる。主人公の棲む長屋、書道家瀟洒な住まい、温室などそれは、一種の廃虚趣味であり、朽ち果て、すえた死のにおいを強烈に感じさせる。読み手はそれこそ迷宮にはまり込んだように、主人公とともに、さまよい、さすらっていく。

 

前半の濃密なエロティックなトーンと打って変わって後半は、まさに渦を巻きながら、スリリングに展開していく。ボートで隅田川を走るシーンは読んでいて圧巻。多分、作者も好きであろう映画監督レオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』のセーヌ川を超ロングで撮ったワンシーンが脳裏に浮んだ。それまでのモノクロームの色調から、ここだけ、パートカラーになる。

 

本書は、言うなれば、現代のゴシック小説(恐怖話)。恐怖と狂気と退廃が渾然一体とな


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