スタニスワフ・レムの『高い城・文学エッセイ』を読んだ。
エッセイの最初に収録された作品『偶然と秩序の間で―自伝』を読む。
作者はポーランド生まれのユダヤ人。しかも東欧の共産圏のSF作家。
脳や遺伝学の学究の徒につこうと、論文をしたためるも、
当時は東西冷戦状態にあって、レムが書き上げた最先端の欧米の科学理論は
反動思想的なものとみなされる。
ルイセンコのトンデモ理論がまかり通っていたし。
裕福な医者の息子として育ったが、第二次世界大戦後、生家は没落し、
おもしろ半分で書いた小説を投稿しては、稿料を稼ぐ。
それがSF作家のスタートになる。
このくだり、チェーホフと似ている。
偶然だが、面白い。
自伝ゆえに、荒廃したゲットー(『戦場のピアニスト』のように)を
探索するシーンなどが出て来る。文学的ではあるのだが、
この人はエッセイまでが科学理論っぽい。硬質で知的な文体。
それと実作者によるきわめて実践的なSF論が展開されている。
読んだからといってすぐにSFが書けるわけではないが、かなりタメになる。
ギムナジウムが出て来る。
ギムナジウムと聞くと、まっさきにケストナーの『飛ぶ教室』。
禁煙先生にあこがれたもんだぜ。
小学校高学年の学級担任は、ひどかったもんで。
それから萩尾望都の「11月のギムナジウム」かな。
この作品の中に、作者と同朋の作家・ゴンブローヴィッチが紹介されている。
ゴンブローヴィッチは、ポーランドの舞城王太郎と断言すると、
双方のファンから叱られるかもしれない。
ゴンブローヴィッチは、大昔、集英社から出ていた現代の世界文学シリーズに
『フェルディドゥルケ』が入っていたけど、頓挫した。
父親の診察室、工作、そしてナチスドイツ…
よくもまあ少年時代のことを覚えていたものだと、
作者の記憶力に感心しつつ、東欧の歴史や文化の豊かさを噛みしめつつ、
少年の旺盛な好奇心が数々のすぐれた作品に結実した。
気高く、もの哀しく、結晶化した作品。変な日本語だけど。