『ウィーン近郊』黒川創著を読む。
イラストレーター・西山奈緒は兄優介がウィーンで自死した連絡を受ける。
兄は長いウィーン暮しに別れを告げ、日本に帰ることになっていた。
直前まで連絡を取っていたのに。
奈緒は急遽ウィーンに行き、生前兄と付き合いのあった人々に会う。
兄には年上のパートナー平山ユリがいた。
昨年ガンで亡くなった。
「26歳」上の彼女は彼には妻であり、母のような存在だった。
彼女は父親が日本人で大使を務めていた。母親がブルガリア人。
二人は「在オーストリア日本国大使館」の同僚として出会った。
鬱気質の彼には心の拠り所だった。
兄のフラットを訪れる。ウィーンでの「二十数年間」の暮し。
兄は空港まで行って結局自宅に戻った。なぜ。
ユリを喪くした兄は、今後の生きる目標を失くしたかのよう。
彼女が亡くなった、日本に戻って再就職の口を探していた。
「中高年クライシス」という言葉がある。
若いうちは「オレの実力はこんなもんじゃない」とか「まだ本気出してないから」とか
自分に言い訳をするが、中高年になると、そろそろゴールが見え隠れする。
ある程度、自分自身で見極めなければならない頃。
リストラなどの外圧もかかる場合も。
奈緒は兄の人生を振り返る。
中学時代にグレるなど決して優等生や世渡り上手なタイプではなかった。
ウィーンは水があったのだろう。ユリとも巡り合えたし。
しかし、長いこと暮らしても地元の人々は心の奥底でよそ者扱いしている。
奈緒はこう言う。
「兄には、ウィーンにも、日本のどこかにも、確かな居場所がなかった」
表紙装画にエゴン・シーレの『死と乙女』が使われている。
抱き合う男性は西山優介、女性は平山ユリ。安直だろうか。
この絵から作者はこの小説を書いたのだろうか。
オーストリア絵画館(旧ベルヴェデーレ宮殿・上宮)でこの絵を見たことがある。
30年前になる。ウィーンは旅人で訪れるのには良い都市だ。
兄の屈折したウィーンへの思いは『ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘』中島義道著にも通じるものがある。
どこにしまったっけ。杳として知れず。
ビターで濃厚なエスプレッソのような作品。
BGMはシューベルトの『死と乙女』で。