『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著 柳谷 あゆみ訳を読む。
毎日のように自爆テロ事件が起こるイラク・バグダード。
自爆テロで亡くなった人々の遺体の部分を集めては人体に仕立てる古物商ハーディー。
遺体の一部には往生できない私怨や私憤があり、それが雑に縫合された身体に生命を与えた。
こうして誕生した「バグダードのフランケンシュタイン」こと、「名無しさん」。
亡くなった人々の復讐を遂げるためにバグダードの町へ出ては殺人を重ねる。
縫われたさまざまな死肉の部分が、元の持ち主からの復讐を彼に命じている。
真相を突き止めようとジャーナリストは躍起になる。
バグダードの治安部隊司令部は「犯罪者X」と命名して行方を追う。
メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』では、ヴィクター・フランケンシュタインが死体を調達するのに苦労したが、これは困らない。
「名無しさん」は自己修復機能を持っていて、違うな。そんな洗練されたものではなくて見えなくなったら、誰かを殺してその眼球をえぐりだして交換するという荒業をやってのける。それで視力が回復するのだ。ただし固定はしていないので激しく動くとそれこそ漫画のように眼球が落ちかねない。
「彼の体を構成している死肉は、持ち主の復讐が果たされなくても所定の時間になれば自動的に剥落する。ということである。また、身体の小片の持ち主の復讐が完了したときにも剥落する」
「剥落する」たび自ら適当な死肉を補完する。
名無しさんはハーディーからもらったICレコーダーに音声を吹き込む。存在証明みたいなもんだろうか。
悪運(幸運?)が強く、生き馬の目を抜く古物商ハーディーも大けがを負う。
それまでの面影はまったくなく、誰かに似た姿に。名無しさんだった。
結果として治安部隊司令部に逮捕されてしまう。冤罪なのに。ハーディーの逮捕で事件は収束化する。違うのに。
「名無しさん」は、英語だと「アノニマス anonymous(匿名)」。
「名無しさん」は、「顔無しさん」でもある。
それは政情不安に対するイラク国民の怒りや抗議の象徴なのだろう。
単なる怪奇小説として読むと期待外れかもしれない。
無駄死にした人々へのレクイエムであり
戦争や政治、国家を徹底的に揶揄した極めて今日的なブラックコメディだ。