『記憶破断者』小林泰三著を読む。
主人公は作者の小説でおなじみの「前向性健忘症」の田村二吉。
記憶が途切れる彼にはデスノートならぬ、忘れませんノートが命綱。
なんでもかんでも書き留める。
表紙をめくると書いてある文言。
「警告!
・自分の記憶は数十分しかもたない。思い出せるのは事故があった時より以前のことだけ。
・病名は前向性健忘症。
・思い付いたことは全部このノートに書き込むこと」
なぜか徳さんこと岡崎徳三郎が彼の面倒をみている。徳さんもなじみのキャラ。
要所要所に出てきては田村を助ける。
そして現われたのが、雲英光男(きらみつお)。
『バットマン』に出て来るジョーカーのような嫌なヒール。邪悪な超能力者。
人の記憶を自分のいいように改ざんすることができる。
電車内で彼が痴漢しても、痴漢を摘発した男を犯人だと記憶を変えてしまう。
これは病みつきになる。したい放題。
ところがだ、田村には通じない。
はじめてのことでイラつく雲英。
何せ田村は「数十分」経てば、記憶が喪失してしまうのだから。
だからノートに記録する。読み返す。
最初は覚えているが、じき忘れる。書いたことも忘れる。だから読み返す。
各シーンが田村のアングルからと雲英のアングルから描かれる。
景色が違って見える。
ことある度にぶつかる田村とモンスター雲英。
田村は雲英の数々の悪行を映像や画像に残そうと苦心する。
何せ有力な証拠物件となるから。
田村が通っている話し方教室の教師、北川京子も後半活躍する。
記憶の曖昧さ。よく言われるように記憶はその人の都合の良いように変換されると。
確証バイアスだっけ。辛い事実をいつまでも正確に覚えていては、そこから抜け出ることは困難だし。
田村のように「自分の記憶が数十分しかもたない」のは、大変だけど、
人は忘却することで前を見て生きていけるのではないだろうか。
田村は雲英に勝ったのか、負けたのか。
それさえも自身では覚えていない。
最後に、田村に言い寄って来る女性がいる。「黄色い歯の女」って何者なのだろう。
既出の女性キャラではないらしい。
文庫版は『殺人鬼にまつわる備忘録』に改題されている。