恋多き女、コミュニストに転向

 

マリーナの三十番目の恋

マリーナの三十番目の恋

 

 


『マリーナの三十番目の恋』ウラジミール・ソローキン著 松下隆志訳を読む。
最新作かと思ったら初期作品の翻訳らしい。

 

「1953年」生まれのマリーナ。美貌ばかりかピアノにも才能がある。
性にも早熟で異性ばかりか同性にも恋をする。
前半のマリーナの奔放な性生活の描写は同朋のパイセン作家ナボコフの『ロリータ』ばり。特に父親との際どい関係。

 

大人になって音楽教師となったマリーナ。恋愛体質は変わらぬまま。
恋すれど恋すれど、でも、満足は得られない。
好きな作家はソルジェニーツィン。心情的には反体制派だった。

 

ところが「工場の党委員会書記」セルゲイ・ニコラーイチとの出会いが彼女を変える。
三十番目の恋ではじめて性的に満足を得られた彼女は、彼から共産主義オルグされ
「小型コンプレッサー工場」の工員となる。

 

共産主義には中指おっ立てる派だったのに、見事に転向する。
与えられた高いノルマをいち早くクリアするために労働に励む。

 

「訳者あとがき」によれば、

「「ペレストロイカ」と呼ばれる大改革が始まる前夜」「この時期のソ連は「停滞の時代」と呼ばれるが、物語にも閉塞感が色濃く残っている」

 

最後に優秀な工員となったマリーナは「共産党機関紙『プラウダ』の果てしない引用」と「一体化」してしまう。長い長い引用。共産主義万歳!くたばれ資本主義!というアジテーション理論武装したやつ。
SFとみればまったく違和感はない。ポストモダン文学の走りかも。

 

前半のエロさ、グロさと後半のガチガチのイデオロギー臭。このねじれ具合、ひねくれ具合がソローキン。

 

本作のあとに刊行された『ロマン』もそうだった。分厚い上下巻。下巻の最後の方までリアリズム小説だったのが、結末で凄まじいスプラッターホラー小説となる。

 

些細なことだが、女性器をピロシキと称している。これは原文がそうなっているのか、それとも訳者の創作なのだろうか。

 

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