堕ちていく男。名前はビリー・ブレイク


冷たい雨。キンモクセイのオレンジ色の花が路上に。

 

 

『囁く谺』ミネット・ウォルターズ著 成川裕子訳を読む。

 

ロンドンのある邸宅のガレージに潜り込んだホームレスが餓死した。名前はビリー・ブレイク。ビリー・ブレイクとは、イギリスの著名な詩人・版画家ウィリアム・ブレイクのことだそうで、日本人にたとえると佐藤一郎みたいなもんで、余りにもわかりやすすぎる偽名。自ら餓死を望んだ節があり、緩やかな自殺と言ってもいいだろう。

 

不審な死に疑問を抱き、ホームレスの素性を調べ始める記者マイケル。そして写真処理係資料管理者のハリー。生前のビリーとつきあいのあったホームレスの少年テリー。3人の中年&少年探偵団が謎の解明に挑戦する。マイケルもハリーもそれぞれに屈折している。誰だってオヤジになれば、すねに少々の傷を持つ身なのだ。

 

例によってこみいったストーリーで、登場人物の名前を確認するため、何度、最初のページに戻ったことか。それにしてもいままでの作品以上に作者は、読者を煙に巻く。本筋と関係あるのかないのか、わからないような話の展開や登場人物の出現…。だんだんじれてくる頃になると、事件の核心につながる部分を覗かせてくれる。まさに、手練手管。

 

なぜビリーはホームレスになったのか。テリーが聴いたビリーがそらんじていた詩の一部のような言葉の意味するものは。次第にビリーの正体がつまびらかになっていく。そして隠されていた殺人事件も。クライマックスですべてがつながる。

 

「人生プラスマイナスゼロ」説というのを、ご存知だろうか。良い時(プラス)と悪い時(マイナス)が、一生を終える時、チャラになるとかいうもので、ぼくは、意外と当たってるなと思っている。このホームレスの男は、人生の前半でプラスをすべて使い果たしてしまい、後半はマイナスしかなかった。

 

成功者という人生の階段を転げ落ちてしまった男。宿無しとなった暮らしぶりは、わずか数年間で、風貌さえも一変させてしまった。生きる意欲さえ無くしてしまった彼は、生ける屍同然だったのだろう。理由を知れば、さもありなん。そこはかとなく漂う英国テイストも、ファンにはたまらないはず。

 

ホームレスの少年が、こまっしゃくれていて、とても魅力的。重たいストーリーに一服の清涼剤となっている。


人気blogランキング