道を閉ざされたら、別な道を拓けばいい

 
コロナ禍で図書館が閉まっていて手持ちの本を読むことが多かった。
『恐怖の愉しみ』上・下 平井呈一編訳も改めて読んで名人芸的な訳文に魅了された。

 

断弦

断弦

 

 

 
『断弦』岡松和夫著を読む。著者は平井呈一の姪の夫にあたる。
 
怪奇小説の翻訳者、紹介者として知られている平井だが、
かつては佐藤春夫永井荷風に師事していた。
特に永井荷風には語学の才能がある上に俳句などをたしなみ、江戸文化にも明るい平井は将来有望な弟子だった。
実質、永井のゴーストライターも担っていたとか。
ところが、生活苦から荷風の書や色紙の偽書
四畳半襖の下張』を内緒で持ち出して筆写したなど
今でいうコンプライアンス違反を犯して出禁、破門となる。
 
当時、平井は妻子の元を出て愛人(知人の未亡人)と暮らしていた。
それだけでは気が収まらないのか、永井は平井をモデルに小説を発表する。
フィクションゆえ話はかなり盛られていたそうだ。

そして平井は作家の道を閉ざされ、干されて、翻訳へと進む。
この本でその真相を探っている。
 
なぜそこまで高名な作家がいわば弟子をやっつけたのか。
著者は永井自身の保身のためだったのでないかと述べている。
戦争が大きな影を投げかけてきた頃。
エロティックな小説で知られる荷風
世間に流れてしまった発禁本『四畳半襖の下張』。
軍部に痛い腹を探られないようにするために手を打ったのだと。
軍国主義への恐怖から。
 
「可愛さ余って憎さ100倍」とはこのことか。
荷風の『断腸亭日乗』を読むと、変人よりも徹底した個人主義者ぶりが見える。
あらかた内容は忘れてしまったが、独身者には生きにくい社会とか時代とか書いていて、
おお都市生活者の先人じゃんと思った。
 
平井の翻訳でヨーロッパの田舎の舞台の怪談だとまれに会話に新潟の方言が使われる。
江戸っ子なのにと思ったら、疎開先が新潟県小千谷で英語の講師をしていたそうだ。
ここも妻子と愛人ともに。意外なことにうまくいっていたそうだ。
 
怪奇小説山脈に平井が先陣となって切り拓いた細い道も
その後を追う人たちによって太くなってきた。
 
たぶん平井の唯一読める小説が『真夜中の檻』。『真夜中の檻』平井呈一のレビュー
 
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