翳りいく街は、悪夢をむさぼる

 

少年トレチア

少年トレチア

  • 作者:津原 泰水
  • 発売日: 2020/04/16
  • メディア: 文庫
 

 『少年トレチア 津原泰水著を読む。

 
東京郊外、緋沼(ひぬま)市新興衛星住宅団地、通称緋沼サテライトで、殺人事件が起きる。続いて、緋沼中央公園の鳥類園内で飼育されていた白鳥が児童により殺傷される。緋沼という名前のとおり、元々周辺一帯は沼地で、それを大規模な開発によって高層ビルが立ち並ぶ新しい都市が誕生した。

その界隈で制帽と制服姿のトレチアと呼ばれる少年の噂が、まことしやかに流布する。
都市伝説-少年トレチアはいつの間にか一人歩きを始める。本作と同じように、ニュータウン、団地をテーマにした大友克洋の『童夢』は、超能力を秘めた翁童がトリックスターとなっていたが、本作では小学生の男の子、トレチアがキーとなっている。
 
現在、大人となった若者たちは、小学生の時に、仔猫を殺戮し、さらに大きな罪を犯す。そのうちの1人、拝島が、突然トレチアに襲われる。次に、同じグループだった岩倉有希が行方不明になる。彼女の行方を追うミステリー作家志望の楳原。そこに漫画家でダウザーの蛎崎やサテライトの風景を8ミリで撮っている七与、現在の小学生グループの首領的存在である、天才児、新宅晟。登場人物たち、ひとつひとつのストーリーが少年トレチアに絡んでくる。

純真無垢であるがゆえに、少年たちはいったん残虐な牙をむくと止まらなくなる。そんな普遍的な少年の暴力性が描かれている。ただ単に気に入らないからスポイルする、これは、今に始まったことではないってこと。
 
いわゆるニュータウンとか団地に行ってみると、できたてのばかりの頃は、建物は当然真新しいが、なぜか公園が妙に浮いていたり、ところどころの造成予定地は、削られたままの無残な姿をさらけ出している。

工事が途中で中止となった造成地は、何やら放置屍体をイメージしてしまうのだが。
ゆるやかな坂道や整然とした街路樹など、すべてはアニメティとやらの基に設計された人工的な快適な空間のはずなのに、どこか、吹きだまりというのか、澱んだ、歪んだ空間がある。聖と俗、ハレとケのたとえを持ち出すまでもないが、そこは、まるで磁場のように、さまざまな穢れたものを引きつける。

緋沼サテライトだと、中央公園の人工池はちまん池だろう。その池には、巨魚、摩伽羅が潜んでいるという。
 
別段、古い街が良いと述べる気はさらさらない。今、江戸情緒だの、下町情緒だのを色濃く残している街だって長い年月を経て現在のたたずまいになっているわけだし。ただし、地価の下落や住人の高齢化などにより、古いニュータウンは空洞化している。住む人が不在となった家がすぐ朽ち果てるように、街もアンティークとなる前に、ジャンクとなってその生命力を予想以上に早く終えるかもしれない。
 
読むにつれ、作者の仕掛けた巧妙なトラップにまんまとはまってしまう。全体小説とでも呼べばいいのだろうか。

ミルフィーユのように丹念に緻密に重ねられた物語が、その恐怖のスケールの大きさや迫力を表現することに成功していると言っていいだろう。
団地の勃興から崩落までの物語として読んだし、本レビューもそういうトポス論的観点からのアプローチを試みたつもり。カタストロフィを迎えるクライマックスへの展開は、意見が分かれるところ。

メタフィクションは余り功を奏していないような気もする。ま、好みの問題なのだが。