らまちゃん

脳のなかの天使

脳のなかの天使

自転車に乗って買い出し。陽射しが強烈。
夏じゃん!と思ったら梅雨明けだった。
梅雨明けの儀式で、ビーチボーイズのベストCDを聴く。
「ビーチボイーズやブレッド&バターとか
歳取っても声変わんないのってキモクないすか」と、
隣の席のヤツに言われたなあ。
内心「ブッ殺す」と、思った。


『脳のなかの天使』V・S・ラマチャンドラン著を読む著を読む。
ラマチャンドランの本は、読みながらいろんなことを
考えさせてくれる。

共感覚が初めて、人間の特性として認識されたのがいつだったのかは
わからないが、アイザック・ニュートン共感覚のもちぬしだった可能性を
示す手がかりがある。音のピッチが波長にもとづくことに気がついた
ニュートンは、音に対応してそれぞれちがう色がスクリーンに映しだされる
鍵盤を発明した」

ランボー共感覚の持ち主だったとか。

この

共感覚の系統的な研究を実施していた」

のが、フランシス・ゴールトン。

優生学という似非科学の導入を助けた」

というのは、知っているが、意外。

「言語の進化についての考察」

作者が支持する考え方

「規則を獲得する能力は生まれつきのものだが、実際の規則を身につけるには、
言語との接触が必要である。規則を獲得するその能力はまだ獲得されていない
「言語獲得装置(LAD)」によって与えられる。そのLADが、人間には備わっているが、
類人猿には欠けている」


「言語獲得装置(LAD)」か。

モギケン先生おなじみのクオリア

「たとえば、「意識」という語はしばしば漫然と、二つの異なるものを指すのに
使われる。一つはクオリア―赤の赤さ、カレーの辛味など、じかに体験する
感覚の質―で、もう一つは、それらの感覚を体験する自己である。
クオリアは哲学者、科学者を等しく悩ませる。クオリアはあきらかにリアルで、
心的体験の中核にあると思えるのに、脳の機能に関する物理理論や計算理論は、
なぜクオリアが生じるのか、なぜ存在するのかという疑問については
沈黙するのみだからだ」

クオリアと自己はちがうと私は述べた。しかし後者なしに前者を解くことは
できない」

クオリアをイメージとして人間は共有しているとは思うのだが、
確かに「なぜ」には、まだ答えることができない。

「意識のある自己は、神経の迷宮の中央にある特別な座を占める「核心」や精髄
ではないが、脳全体の属性でもない。どうやら自己は、非常に強力なネットワーク
を形成してつながる、比較的小さな脳領域の集団から生じるらしい」

脳のニューロンも、どうやらスモールワールド・ネットワークらしい。
人の脳は、まだ少ししか使われていなくて…とかいう説は、間違いだとか。


他にもミラーニューロンなど、らまちゃんワールド全開。

関連したぼくのエントリーとレビューを参照してくれたまえ、ベエベエ。
『ミラーニューロンの発見』マルコ・イアコボーニ著


『人間の測りまちがい 差別の科学史』 スティーヴン・J.グールド著


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