黒子

再び夏へ。昼間蝉がうれしそうに鳴いているが、
夕方からいつの間にか虫の音がする。
いまの住まいに越してきた当初は、古い大きな家や空き地がまだあって、
蝙蝠が飛んでいてびっくりした覚えがある。
古屋や空き地はミニ開発され、ペンシルハウスやワンルームマンションや
アパートになっている。
明らかに緑は減っているのだが、けなげに虫は鳴いている。


『黒子(ほくろ)』

 エッチした後、彼女はベッドの上でオレの
ホクロを数えるのがいつの間にか習慣となっ
ていた。その間、オレは裸のまま煙草をくゆ
らせながらじっとしている。どうしてそんな
ことをやりはじめたのかは記憶にない。顔か
ら背中、精嚢の裏側から尻、足の裏まですみ
ずみまで彼女はホクロを見つけて数える。
 
最初、オレのホクロは全部で28あったそう
だ。それがいま数えたら3つ増えて31にな
っているとか。
「ねえ、他の女と寝たでしょ」
突然、彼女が尋ねる。
「そんなこと」
 勘付かれたか。確かに成り行きで寝た。
「ホクロってさ、増えるのかな、ほらウィル
ス性とか…」
「それはイボでしょ」
「ああそうか」
「私、うまいのよ、液体窒素でイボを取るの」
 彼女は皮膚科医だった。クラブで知り合っ
たのだが、まさか女医とは思わなかった。付
き合いだしてからもまだ彼女が医者とはどう
も結びつかない。

「一回浮気するたび、ホクロが一個増えるん
だから」
「エッ」
3つ増えているから3人。ひぃ、ふう、みぃ
…。当たっている。
「取ってやろうか、液体窒素で」
 

その夜、白衣姿でしゅうしゅうと白い液体窒
素の湯気を出しながら、こちらに向ってくる
彼女。なぜか身動きが取れないオレ。液体窒
素の行く先は、ホクロじゃなくてどうやら下
腹部へ。まさか。マスク越しのうれしそうな
彼女の声がこだまする。
「私、うまいのよ、液体窒素でイボを取るの」
「私、うまいのよ、液体窒素でイボを取るの」
「私、うまいのよ、液体窒素でイボを取るの」

だから、取ろうとしているのはイボじゃない
って。


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