うれしくねー

魔王の愛

魔王の愛

なんで内閣不信任案なんだ。ちゃんちゃん協力して復興支援なり、
脱原発のプランなり、決めろっちゅーの。
しかし「Fukushima」が「チェルノブイリ」なみの
世界標準の日本語になろうとは。
首相の知名度なんて足もとにも及ばないだろう。
うれしくねー。


ごぶさたの人からメールが来て、来週営業となった。


『魔王の愛』宮内勝典著を読む。
あの非暴力主義で知られ、もはや神話の人となったガンディーの実像を
求めてインドを訪ねる。
ガンディーに縁のある土地に足を運んでは、想起する。
単身痩躯、質素な身なり。聖人のようだが、実際はやり手の政治家(革命家?)。
元々は弁護士だから枝野や仙谷と同じ穴のムジナ(敬称略。いっしょにすなと言われそう)。
「柔和な笑顔を浮かべていても、目の奥は笑っていない」と書かれてある。
インドのイギリスからの独立。そして宗教対立によるパキスタンの独立。
難局を打開するには、時には、違うな、大抵、妥協が伴う。
口先だけの理想主義者から見たらとんでもないと批判するが、
現実的に半歩前進するには、小汚い手法も取らざるを得ないだろう。

「Xさん、あなたは隠者ではない。
たしかに権力を手放し、政治の表舞台から身をひき、林の奥に隠っているが、黒幕かフィクサーのように、この辺境から政局を遠隔操作しながら、ある種の院政をつづけていたはずです」

悪人正機という言葉を思い出したが、うまくつなげることができない。
聖人ではなくもう一面の魔王の部分を露呈する、
聖ではなく俗の部分を捉える。
それは紛れもなく人間ガンディーの新たな魅力を表現することだろう。

「非暴力を唱えながら、心の井戸では性にまつわる葛藤が渦巻いていた。
これほど深い性的トラウマを抱えている人は、めったにいないかもしれない」

半島引揚者である作者。同じ境遇である五木寛之
自らを「デラシネ」と称していたが、
故郷の喪失感がそうさせるのだろうか。作者はそれ以上の漂泊の人である。
読みつつ、インドの暑さ、人々の熱気、カレーのスパイシーな香り、異臭などが
混じりあったものを感じた。


人気blogランキングへ