SolidからLiquidへ-1

ドラッカー名著集8 ポスト資本主義社会

ドラッカー名著集8 ポスト資本主義社会

『ポスト資本主義社会』P.F.ドラッカー著の引用と感想メモ。

「わずか数十年前には、ポスト資本主義社会がマルクス主義社会であろうことを誰もが心得ていた。しかしいまでは、マルクス主義社会は次代の社会たりえないことを誰もが知っている」

一番年の近い叔父がいる。確か10歳上だ。
その叔父が、小学生のときに土産でソ連の本をくれた。
図版がメインの大判の本で要するにプロパガンダのような体裁で、
モスクワのキラキラした夜景なんてなんだか未来の国のようだった。
ツィオルコフスキーの伝記を読んで感動し、小学校の社会の授業で
ソルホーズ、コホーズを学んで漠然とあこがれたりした。

「基本的な経済資源−略−は、もはや資本でも、天然資源でも、労働でもない。それは知識である」

「いまや知識は成果を生み出すために既存の知識をいかに有効に応用するかを知るために応用される。これがマネジメントである。」

少し前に流行ったナレッジマネジメント(暗黙知を引き上げる)は、ドラッカーのマネジメントの進化系なのだろう。

テクネー(技能)は

「学習できるものではなく、経験でしか得られないものだった。
教育ではなく、訓練でしか得られないものだった」

しかし、

「体系が技能を方法論に変えた。」

「一般知識から専門知識への重心の移行が、新しい社会を創造する力を知識に与える」

テクネーはエピステーメーより蔑まれてきた。
ええと、美術品(家)の方が工芸品(家)より価値が上といったように。

職人のカンレベルをPCなどで数値化・データ化して
熟練者でなくても熟練者クラスのスキルを可能にした。
っていうけど、ほんとのところはどうなんだろう。

「社会やコミュニティや家族は、いずれも基本的には維持機関である。
それらは安定を求め、変化を阻止し、あるいは少なくとも変化を減速しようとする。これに対し、ポスト資本主義社会における組織は変革機関である」

「資本主義社会と社会主義社会は、例えていうならば、その構造において結晶だった。これに対し、ポスト資本主義の構造は液体に似たものになる」

「結晶」つまりSolidである。それが「液体」Liquidになる。
なんとも素晴らしい一文ではないか。

−続く(たぶん)−


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