- 作者: ドストエフスキー,工藤精一郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1973/08/01
- メディア: 文庫
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月末の昨日。いつもの仕事で、四谷へ。
いつもなら文字校正なんだけど、
その場でクライアントからの赤字修正。
複数の担当者の赤字をバランスよく一本化するのは、至難の業。
帰りに四ッ谷駅そばでウヨクのアジ演説を耳にする。
珍しい。すぐ先の迎賓館に、中国首相がいたらしい。
「民主党は中国の傀儡政権だ」というような内容を
シオカラ声でアジる。
アメリカの傀儡政権ともいえるんだけど。
きりがない。
思いやり予算という名のみかじめ料。
『死の家の記録』ドストエフスキー著をようやく読み終える。
実存哲学やフーコーのさきがけのような箇所が随所にある。
名作たるゆえん。
いまや収容所や刑務所、幽閉だの囚われ人だのと
比喩に使われ大安売りだが。
最も感銘を受けたとこを引用。
「血に飢えた虎のような人々がいる。一たびこの魔力を経験した者は、
キリストの法則によればひとしく神に創造された兄弟、自分と同じ人間の肉体と
血と精神に対するこの無限の支配を経験した者は、ひとしく神を
その身につけている他の存在をもっとも残酷な方法で侮辱する権力と
完全な可能性を一度経験した者は、もはや自分の意志とはかかわりなく
感情を自制する力を失ってしまうのである。暴逆は習慣である。
それは成長する性質をもち、しまいには、病気にまで成長する。
わたしが言いたいのは、どんな立派な人間でも習慣によって鈍化されると、
野獣におとらぬまでに暴逆になれるものだということである」
ほら、深いでしょ、グッとくるでしょ、言い得てるでしょ。