溺れる


 ぼくが彼女に出会ったのは、ある夏の夜。
天気予報通り、夕方から激しい雷雨になっ
た。取引先から上司に連絡して直帰すること
になったぼくは、雨宿りしようと路地奥にあ
るバーに入った。もちろん、はじめての店だ。
 先ほどまで得意先に自分の企画を懸命に説
明していたので、喉はカラカラになっていた。
でも服や靴は、すっかりビショ濡れだったが。
 カウンターだけのシンプルなバー。先客は
いなかった。オープンしたばかりなのだろう
か。場違いと思える女性が立っていた。濡れ
る様な黒髪、吸い込まれそうな切れ長の瞳。
瓶ビールを注文して、しばらく彼女と話をし
た。
 目をやるとカウンターの上にスノードー
ムが何個か置いてあった。数えると8個あっ
た。彼女のコレクションらしい。聞くと、イ
ルカや人魚姫、さんご礁など海のものを集め
ているそうだ。確かに、ディープ・ブルー
基調とした店内は、どことなく海底を思わせ
た。
 それから足繁く通うようになった。やはり
雷雨があった夜、看板までいたぼくは、かな
り酔っていた。ふと気がつくと、バーの中に
水が入ってきた。もがいていると、カウンタ
ーから彼女が現れた。彼女は下半身が魚だっ
た。鮮やかな鱗が艶かしく動き、いきなりキ
スされて泡が体の中に入っていった。
 もう、お気づきでしょう。ぼくは新しいス
ノードームのコレクションとしてバーカウン
ターの上に飾られている。はじめは叫んだり、
もがいたりもした。けど、無駄だった。いま
では次の彼女のコレクション候補をじっと眺
めている。
 今夜は、雷雨のようだし。


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