うるわしき日々

うるわしき日々 (講談社文芸文庫)

うるわしき日々 (講談社文芸文庫)

『うるわしき日々』小島信夫著読了。
1日中、この本を読んでいて、とても温かな心持ちでいられた。


といっても、別段、ハッピーな内容ではない。
老いた作家の身体に障害を持った子どもが中年になって、
アルコール依存症からさらに症状が重くなる。
買ってあげた家や子どもの親権は別れた妻の元へ。
老親が介護しなければならない。
また、後添えの妻も痴呆症が発症しかけているという。
きわめて深刻な状況下にありながら、
作者は、苛立ちもせず、逃げもせず、対処する。


建築家にモダンなデザインの家を依頼する、見晴らしのよい斜面。
完成後、雨漏りがする。はめごろしの開放感の高い窓は、夏場の灼熱地獄の元凶、
よしずばりでしのぐなど、
ありのままに受け止め、ありのままに小説にしていく。
その無為自然的な文章に、魅せられ、ある種、癒される。
生きてきたことの豊かな年輪と精神のしなやかさ。
document、フランス語だったらdocumanか。
日録なんだけど、それがそのまま優れた小説になってしまう。
a documentary film、記録映画のような味わい。
で、これもまた『うるわしき日々』哉となってしまう。


先日のエントリーで下記の一文を引用した。

「作家にとって必要なのは問題の正しい「提示」であって「解決」ではない。
これが世に言うチェーホフの「客観主義文学論」の核心である」

まさに、この本は「問題の正しい「提示」であって「解決」ではない。」
ことを示しているものだと思う。

実際、老親よりも先に逝く50代の子どもがぼくの近辺では、結構、多い。
ガンとかで。
戦争を体験した日本人は粗食に耐えたから丈夫なのだろうか。
平均年齢もこれから下がる一方だろう。余談だけど。

当世風に「鈍感力」といってしまっては、小島信夫ファンから
叱責されるかもしれない。


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