サクラ、咲くんじゃねえ

昨日に引き続き、『社会』市野川容孝著の感想メモ。

「資本主義は、往々にして「私有」の拡大と見なされるが、マルクスによれば、
事態は全く逆である。そうではなく、資本主義こそが「私有」をますます不可能にし、
生産様式をより「社会化」していくのである。
しかし、それ以上に重要なのは、「私有」と「個人的所有」の区別である。マルクスもまた、
ルソーが(自然状態から脱して)「平等」という理念を立ち上げるために承認した「私的所有」を
否定しているわけではない。そうでなく、これを、各人が孤立した状態で手にする「私有」と、
社会的な(個人では完結しない)生産過程ならびに生産された富の再分配を土台とした
「個人的所有」に切り分けた上で、前者を否定し、後者を肯定しているのである」

バブルの前後、かつて知り合いの社長が愛人を囲っていて、仕事は部下にまかせっきりで、遊興三昧という
光景に出くわしたことがある。あるとき、若い社員が、ぼそっと
「愛人と海外旅行に行かせるためにオレらは働いてるんじゃない」って言ったことを思い出した。

富の再分配 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「社会的なものの概念を支える平等/不平等というコードは、この「比較」に帰属する。
このコードは、私にも所有されるべきものものが、あなただけのものになっている、
あなたにも所有されるべきものが、私だけのものになっているという占有を批判的に
とらえなおさせるが、同時に人は、このコードとともに、他人から「侮辱」を感得し、
他人に「憎悪」や「復讐」を向け始める。さらに「嫉妬」や「羨望」が、ここに加わるだろう。
平等への意志が、嫉妬、羨望、憎悪、復讐という暗い情念を誘発しかねないということ。」
「平等の裏にルソーが見出すこれらの暗い情念を、F.W.ニーチェは「ルサンチマン」と呼んだ」


これは先だってTVで都知事選に関しての有権者インタビューがあり、
巣鴨のお年寄りにどんなことを期待するかと尋ねたら、
要するに老人医療費を安くしろだの、そういう近視眼的なことしかいわないようで、
なんだかムカついてきた。福祉っていうと高齢者のためのものというイメージがあるけれど、
たとえばシングルマザーや正規雇用につけず貧困に苦しんでいる若者たちなど、
むしろこれからはそっちの方だろと思う。
この非対称が「戦争がはじまればいい」という気分にさせるのではないだろうか。
単なる世代間抗争とは思わないけども。
だって有史以来人間は年下に対して「いまどきの若いもんは」って言い続けているわけだし。


洗濯物を取り込もうと物干し台に行き、何気なく下を見たら、
庭の八重桜が咲きかけていた。例年より1ヵ月ぐらい前倒しだよなあ。
しっかし、この陽気、Tシャツ姿でPCのキーボードをたたいてるんだけど、目まぐるし過ぎ。


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