急がば回れ

ダ・ヴィンチの二枚貝〈上〉―進化論と人文科学のはざまで

ダ・ヴィンチの二枚貝〈上〉―進化論と人文科学のはざまで

来週には次の仕事のキックオフがはじまろうというのに、抱えているのが、なかなか進めない。
一つ積んでは〜と、賽の河原かシジュフォスの神話のような按配。
楽しみにしていた『祖先の物語(上)』リチャード・ドーキンス著も、遅々として進まず。

例によってのドーキンス節が、ファンのこころを手拭皇子(ハンカチおうじ)のように鷲づかみにして、
煙にまく博覧剛毅ぶりがたーまりません(滝口順平の口調でよろしく)。
論敵スティーブン・グールドが鬼籍に入られて、
ひょっとしてドーキンスの新作は読めないのかと案じていたのに。

んで、急場しのぎでreviewjapanから ぼく
以前、書いたグールドの本のレビューを転載。お口に合いますでしょうか。


ダ・ヴィンチの二枚貝 進化論と人文科学のはざまで』(上・下)
スティーブン・ジェイ・グールド 渡辺政隆訳/早川書房

< 進化、変化、そうか。 >
本書は上下2巻に及ぶ大著である。なんてウソウソ。副題にあるように進化論と人文科学の領
域をトリケラトプスのように作者が縦横無尽に泳ぎまわっていて、楽しいエッセイがぎっしり
と詰まっている。

でも、濃いんだ。作者の書くものはいつもこってりしている。材料を惜しげもなくふんだんに
使っている。その博識ぶりにいささか食傷気味になるかというと、ユーモアのスパイスが効い
ていて、結局、最後まで読ませてしまう。

本書の中から特に気に入った章を紹介するならば、まず『1章 生きている地球の山を化石に
上らせるレオナルド』の章かな。レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿を取り上げている。
文字通りメモ、断片なわけで、暗号のようなもので、それを研究者たちが躍起になって組み立
て直そうとしているそうだ。でも、しょせんメモだから、作者の『ワンダフル・ライフ』に出
て来たバージェス頁岩のような発見は到底期待できなさそうなのだが。

作者はその手稿からレオナルドの天才的洞察ぶりを推理していく。その手順が見事で、そして
こう判断している。「じつに優れた観察者だったレオナルドは、宇宙人などではなかった。
自分が生きた魅惑的で教育的な時代の一市民に過ぎなかったのだ」と。

次に12章の『コーカス競争のドードー』の章では、あの絶滅した(人間により滅ぼされた)、
不思議の国のアリス』にも、映画『アイスエイジ』にも登場しているドードーについて述べ
ている。

コーカス競争とは『不思議の国のアリス』に出て来るものでドードーたちが「円形の競争路」
の上を「好きなときに走り出し、好きなときに走るのをやめる」という珍妙なレースで、参加
したドードー全員が一等賞になれるという日本の教育が理想とするきわめて民主的なレースで
ある。

滅びたものを蔑む風潮に関していえば、そもそもの考え方を変える必要があると思う。生命
の歴史は予定された未知を進む進歩の物語であり(悲しいことではあるが、劣った生きものは
滅ぶ定めにあるので)〜

と記述しているが、はてさて意見が分かれるところである。

とりあえず2章分だけかいつまんでみたが、何冊か作者の著作を読んでみたうちでは、本書が
最もぼくにはとっつきやすかった。

他の章に関して述べるなら、いままで似たようなテーマを読んだことはあるのだが、作者の手
にかかると、あら不思議、まったく新しい知的発見へと導いてくれる。

グールドといえば論敵ドーキンスの名前がどうしても対で出て来るが、かたやハーヴァード大
学教授、かたやオックスフォード大学教授、ぼくには、リチャード“ミームドーキンスの方
が、やはりその屈折ぶり、ひねくりぶりが好みなのだが。それはちょうど音楽だったらエアロ
スミスとXTC、コメディだったら『サタデイ・ナイト・ライブ』と『モンティ・パイソン』、
ファッションだったらラルフ・ローレンポール・スミスの違いといったとこだろうか。

ともあれ作者の、その早すぎる死に、合掌。

おまけ

数日前のa day in the life of mercysnow
読んで大笑いしたんで、引用。

「ほんとに日本映画バブルなんだったら、誰かこういう企画を通してくんない?

黒沢清に原作付き文芸映画を撮らせる」

 本人はまったくやる気ないだろうから、無理やり撮らせる。
たんに「文学的な素養が欠けている」と自認している監督の文芸映画を見てみたいだけですけど。
 原作はそうだなあ……漱石『坊っちゃん』とか向いてるんじゃないかな。
主人公が心理をほとんど欠いていて、行動(=アクション)だけで話が進むところが、特に。

 キャスティングはそうねえ……。

坊っちゃん …… オダギリジョー
マドンナ  …… 麻生久美子
山嵐    …… 哀川翔
赤シャツ  …… 大杉漣
うらなり  …… 西島秀俊
野だいこ  …… ユースケサンタマリア
狸     …… 役所広司(特別出演)」

キャスティングが黒沢組だもんね。文芸ホラー超大作とかっていう新機軸を打ち出すかもしれないし。
人食いバッタか人食いイナゴの集団に襲われる坊ちゃんとか…

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