リアルでありながらもエンタメ系、骨太な「政治SF小説」

 

セレモニー

セレモニー

  • 作者:王 力雄
  • 発売日: 2019/04/26
  • メディア: 単行本
 

 

中華SFづいている今日この頃。

『セレモニー』王力雄著 金谷譲訳を読む。

 

「主席」に目をかけられていた国家安全委員会公室主任・蘇。
ところが時代の流れが変わって一転、蘇の立場は危うくなる。
粛清される前に何とかしようと最先端のITを駆使して手を打つ。


現代国家は人々を目に見えるような管理ではなくITを使って見えない管理をする。
何せIT超大国・中国。

 

この作品では、人々は靴に仕込まれた「SIDのタグ」で国家から管理される。
スマホマイナンバーとかじゃなくて知らないうちに監視されている。

 

読んでいて、この一文にドキリとする。

「“SARS危機”は、2002年末から2003年にかけて、中国大陸から全世界へと拡散した。感染症の大流行を意味していた。中国の地方政府が最初の段階で事態を隠蔽したために、早期に対処するための時期を失って、パンデミックが地球規模に拡大した」

あらら、デジャブ。新型コロナウイルス感染症と。

新型コロナウイルス感染症に罹患しているかどうかも靴に仕込まれた「SIDのタグ」で知ることができる。陽性だったら有無を言わせず隔離・拘束。

 

ガジェット感覚のITツールにもひかれる。

「人間の脳波を変えれば、その人間の行為を変えることができる」「ドリーム・ジェネレーター」。
本来の目的はマインドコントロールだったが、「自分で自分の制御が不可能なほどの強烈な性的興奮」を引き出した。

 

主人公であるSEの李博。その妻、伊好は「ベルリン大学で博士号を取得」した才媛。
伊好に近づく公安警察官・劉剛。「ドリーム・ジェネレーター」で伊好を骨抜きにする。インテリでセックスには淡泊だと思っていた妻が別人のよう。


妻の靴に内緒で貼り付けた李博が開発した靴マイクのテストからそのシーンを聞いてしまうとは。

 

という李博とて若い愛人がいる。

 

本音と建て前、隠しておきたい私生活、素の人間性を暴露する。
過激な性描写も国家へのレジスタンスなのだろうか。

 

ITツールとしては電子蜂(蜂を模したドローン)もカッコいい。
羽音も立てず「神経遮断剤」の毒針を刺して命を奪う。
死因はたいがい「心不全」と診断される。

 

国家安全委員会公室主任・蘇と李博公安警察官・劉剛の命運は二転三転する。

中国は分裂の危機を迎え、チベット新彊ウイグル自治区は独立を目論む。

 

逃亡する李博。靴に関する伏線の回収もお見事。

 

『三体』劉慈欣著 は小松左京A.C.クラークの影響を受けている。
『荒潮』陳 楸帆著がサイバーパンクなら、本作はジョージ・オーウェル1984年』あたりなのかなあ。

 

作者は中国及び中国共産党の行く末を危惧して書き上げた。
当然、中国では発禁の書。

 

「政治SF小説」と聞くと、難しいとか思うかもしれない。
この作品は違う。リアルでありながらもエンタメ系でもある。


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