コロナから逃げ出す先はチェーホフ

 

六号病棟・退屈な話(他5篇) (岩波文庫)

六号病棟・退屈な話(他5篇) (岩波文庫)

 

 新型コロナウィルスで亡くなった志村けん。ショック。

都知事が何かコメントするたびに、スーパーマーケットの食品売り場が空になる。
使い捨てじゃないマスクをネット注文した。
 
『六号病棟・退屈な話 他五篇』チェーホフ作 松下裕訳を読む。
 
チェーホフは医者の合間に小説を書いたのか。
小説家の合間に患者を診たのか。
臨床というか、医者の現場には格好のネタがあったとは思うが。
患者の症例を診るように人間や人生を見ていたのだろう。
 
「医者としてのチェーホフをテーマに編んだ」七篇。
3篇ばかし感想を。
 
『黒衣の僧』
ハードワークのせいか、気を病んでしまった博士。友人の医者から田舎での転地療養を薦められる。かつて「保護者で養育者」だった有名な園芸家の屋敷へ。
彼は「黒い修行僧伝説」を話す。「千年目に復活する」という。それが、「きょうあす」。
博士に「黒衣の僧」が訪れ、語らう。でも、他の者には見えない。オチが素晴らしいホラー風味の作品。誰か「チェーホフ怪談集」を。

『六号病棟』
地方の精神病院にやってきた医者。当初は意欲的だったが、劣悪な環境、小難しい話ができる相手もいないなど田舎に辟易して日々仕事をこなすという態度に変わる。ところが、「六号病棟」にインテリ青年がいることを知り、入りびたりとなる。悪評が伝わったのか雇い主の町長からクビを言い渡される。この作品もオチでびっくりさせられる。
 

「死というものが一人一人にとって正常な、当然行きつくべき終着点だとしりならば。小商人や官吏なんぞが、五年や十年生き延びたところで、いったいそれがなんになる。薬で人の苦痛をやわらげるのが医学の目的だとするならば、こういう疑問が否応なしに湧いてくる」

 主人公につぶやかせているが、医者・チェーホフが感じた本音なのではないか。普遍的なテーマ。


『退屈な話』
大学の名誉教授のグチ話。名声はあるが、親しい友だちはいない。62歳。
後見人となった孫同様の娘が目に入れても痛くはないが、俳優志願。
金をねだられる。退屈とついているが、ちいとも退屈ではない。
いまどきの学生には眉をつり上げがち。こんな感じ。
 

「今の学生のどこが気に入らないかと聞かれたら、―略―彼らは新しい作家だと、それもあまりかんばしからぬ作家だろうと、すぐにその影響を受けやすいのに、たとえばシェイクスピアマルクス・アウレリアス、エピクトーテス、パスカルといった古典作家にはほとんど無関心」

 

学識はあるが、世間とはズレている名誉教授といまどきのきゃぴきゃぴ(古っ!)娘のやりとりがバツグン。
筒井康隆の『文学部唯野教授』などが好きな人に。