つけても構わない

 

息吹

息吹

 

 『息吹』テッド・チャン著 大森望訳を読んだ。

短篇が9篇。「作品ノート」「訳者あとがき」。
常套句で珠玉だの金字塔だの傑作とかがある。
この類の言葉はできるだけ使わないでレビューを書こうとしてきたが、
この本はもうこれらの常套句をつけても構わない。
 
感想をば。
 
『商人と錬金術師の門』
 
「どこでもドア」ならぬ<門>がある。
「タイムトラベル」ができたら。失敗を成功に変える。
でも、それは歴史を変えることになるのでタブー。
「過去への旅はなにひとつ変えませんでしたが、
わたしが学んだことはすべてを変えました」
旅は見聞を広めるというが、「過去への旅」は学びの旅だと。
 
『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』
 「人口生物(仮想環境で生きているディジタル生物」

 をAIを駆使していかに魅力的にかつ進化させるか。

でもってビジネスとしても成り立たせるか。

飽きやすいユーザー(飼い主)にどんなアバターがうけるか。売れるか。
人口生物が成長すると学習して可愛くなくなる。
作者は抑えた筆致で書いているが、かなりおかしい。
このあたり、子どもと犬や猫と共通するものがある。

『デイジー式全自動ナニー』
 
全自動ナニー(乳母)といっても「ぜんまいで動く時計仕掛けのメカニズム」。
20世紀間近の発明。
機械なので人間と違って文句を言わずに働く。規則正しく授乳する。
雇い主の目を盗んで貴重品などを失敬するようなことはない。
などいいことづくめ。ところが…。
スチームパンク好きにはたまらないっす。
スタニスワフ・レムの『短篇ベスト10』に収録されている
『洗濯機の悲劇』と同じくらいいいね!と思う。
 
『偽りのない事実、偽りのない気持ち』
 
記憶には意味記憶エピソード記憶がある。
意味記憶とは1964年東京オリンピックがあった。という史実。
エピソード記憶は1964年東京オリンピックがあった年に両親は結婚した。など
パーソナルな歴史。で、どちらが記憶しているかというとエピソード記憶の方。
ビデオカメラやITが普及する前は脳内で記憶していた。
ところが
エピソード記憶は、百パーセント完全に、テクノロジー仲介されたものになる。」
 
人の記憶は間違いやいいように改竄される。
でもそれは生きるための術だと思う。
すべて正しく映像などでアーカイブされているのって一見いいようだが、
薄気味悪いよね。
事実ってなんだと考えさせられる。