あるくひと

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

 

『オープン・シティ』テジュ・コール著を読む。
主人公は「精神科医」。
マンハッタンを歩く、歩く。
目についたもの、耳に入ったもの、
感じたことをつぶやくように書く。
小説だがエッセイのようでもある。
アメリカの堀江敏幸と言ってもいいような。
きっと『パッサージュ論』を書いたベンヤミンも好きなはず。
一か所引用。

「人は人生を区切りのないものとして経験し、
人生が過ぎ去っていったあとで、過去に変わるのを見届けたあとで、
区切りがあったことをようやく知るのだ。
過去は―そのようなものがあるとしたら―
ほとんどが空白だ」


本文ではバルトやサイードが出てくる。
引用部分は、確かにバルトっぽい。
主人公は父がナイジェリア人、母がドイツ人のハーフ。
見た目は黒人の遺伝子が強いようだが。

ニューヨーク・マンハッタン界隈を散歩する。
そこにナイジェリア、ベルギーの思い出のシーンが交叉する。
いい出会い、悪い出会い、意外な出会い。
人種のるつぼで出自を感じたり、忘れたり。
ナイジェリアではナイジェリア人になりきれず、
アメリカでも違和感がつきまとう。
セラピストゆえ自分自身を内省することはお手の物。

クラシック、マーラーが好きなようだがジャズも聴く。
写真や絵画などのアートも好き。
でも、それは彼だけでなく、ぼくもあなたも同じはず。

ラストシーンはひょんなことから
船で自由の女神を見に行く。
ヒッチコックの『逃走迷路』が頭に浮かんだ。

エッセイのような小説と書いたが、
ある意味、私小説とも言えるのではないだろうか。

良い小説には良いにおいがする。
静かな大人の小説が読みたい人へ―。

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