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東京腐海

「奥の細道」をよむ (ちくま新書)

「奥の細道」をよむ (ちくま新書)


花粉が大量に飛散する東京腐海
マスクをしながら歩く。
東京はこの時期、砂漠から腐海へ。
朝晩のタリオン錠10mgが切れると、
クシャミ、洟水。
あわててヤクじゃなかった薬。

『「奥の細道」をよむ』長谷川櫂著を読む。
そうだ、東北、行こう。となぜ芭蕉は思ったのか。
有名な冒頭の部分を暗唱させられて、
いまでも覚えている。
「古池や~」の句で新境地を開拓した芭蕉は、
先人が訪ねた陸奥をフィールドワークして
その新境地をさらに高めようとしたのだろう。
かつて学んだ数々の俳句を作者の解釈で読むと、
改めてそのすごさを知ることができる。
「や」「かな」「けり」などの俳句の切れ字を
常套テクニックだと思っていたが。

「俳句の切れには心の世界を打ち開き、広大な天地や
宇宙までも宿す力がある。一粒の小さな露に森羅万象の
すべてが映っているように。切れはなぜそのような力を
もっているのだろうか。それは切れが「間」を生む
からである。「間」とは一言で言えば何もないこと」

 

「森羅万象のすべて」
優秀な(底意地の悪い)校閲なら、意味が重なるのではと
チェックを入れてくるだろう。

芭蕉は「不易流行」から最終的に「かるみ」を目指したそうだ。
今風に言うならば人生の断捨離、俳句の断捨離ってことだろう。

ぼくが中学二年から高校二年まで住んだ町は、
芭蕉が「奥の細道」で投宿、作句している。
確かいまでも俳句が盛んな地。
その句にちなんだ和菓子があったはず。
芭蕉の句にちなんだ銘菓が各地にあるんじゃないだろうか。
著作権フリーゆえ。
ケンサクしてみると、3.11.の影響で県外に移転して
営業していることを知る。

タイムスリップして芭蕉が現在の東北を見たら
どんな句を作るだろう。

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