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或る親子猫

身ごもっていた猫が、いつ来たのかは記憶にない。
近所の家と家の境界線は
古びたブロック塀で囲われ、そのわずかな隙間には
ベビーバスや三輪車などが積まれて、
ヤブカラシも繁茂していた。
大人は入り込むことができない、
産むのには、まさにサンクチュアリだった。

父の生家の縁の下に
猫が出産したことがあったが、
縁の下もなくなってしまった。

母猫は、いろんな色が混じった体毛で
痩せて精悍な顔をしていた。
ミソ猫を略してミソと呼んでいた。

生まれた子猫はオレンジ色の体毛で
キャットフードのパッケージになっている猫に
少し似ていた。

最初は疎んじられていたが、
路地猫、外猫になって
寝床はガレージの奥、餌は二軒の家からもらうようになり、
みるみる大きくなった。

母猫は不敵な面構えで、近づいてもなかなか逃げなかったが、
子猫は怖がりでいつもビクビクしていた。

子猫が雄か雌かはよくわからなかった。
ただし食欲は旺盛で、
冬場は親子でお腹をたぼたぼさせていた。
我が家では、オレンジだの、ビクだのと呼んでいた。

母猫は見かけによらずかわいい声で鳴いたが、
子猫はなかなか声が出ず、やっと出た声はハスキーだった。

子離れは、遅く、とうに母猫よりも大きくなったのに、
いつまでも母猫の後をついていた。

大食いらしく、母猫は自分の分まで食べさせていたが、
ある日、子どもにパンチをしているのを目撃した。
よっぽど腹に据えかねたのだろうか。

冬になると、午前中、うちの屋根に日が当たる。
ブロック塀からジャンプして錆びたトタン屋根で
日向ぼっこをしに来るのだが、
ボロい家ゆえ、歩くとものすごい音がした。

子猫は大猫になった頃、
母猫の姿が見えなくなった。
外猫なので何かの病気を抱えていたのか、
さらにみすぼらしく、やせ衰えていった。

それからは、オレンジがこの路地に君臨するようになった。
カバーがかけてある車の上が定位置で
牢名主のように、縄張りを犯す猫はいないかと見張っていた。

喧嘩上等。生傷は勲章。
何せ外猫、ブラッシングはさせてくれない。
抜け毛の季節は、自分で抜け毛を口でむしり取っていた。

うちのメスの黒猫が脱走して飛び出したことがある。
案の定、オレンジにやられた。マウンティングされた。
幸い、大きな傷はなかったが、
ショックの余り、あるいはくやしくてか
ずっと呻いていたそうだ。

ぼくが夜、帰宅した時には、おさまっていた。
見たかった。

そしてオレンジも加齢には勝てず、痩せていった。
屋根の日向ぼっこもできなくなった。
目やにがひどくなり、よだれが口から垂れ下がるようになった。
夜、出会うと、チェシャ猫のゾンビのようだった。

路地のそこここで糞をするようになった。
うちの狭い庭にもされるようになり、
入口に金網を張った。
定位置の車にも、するようになった。

気がつくと、姿が見えなくなっていた。
餌をあげていた人に聞くと、死んだそうだ。

近所の寺で行われているペットの合同慰霊祭で
弔ったそうだ。

そして車の上には、
愛想のいいアメリカンショートヘアが、鎮座している。

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