春休み、デパートの屋上で

吉祥寺にあるデパートの屋上には、小さなお稲荷さんがあった。
毎朝、小さく切った油揚げを
狐目した女性の店員が供えていた。
バリ島でコテージ内にある祠に
色彩豊かな小さな花を供えるように。

大学2年生になる前の春休み、
このデパートで警備員のアルバイトをすることになった。
交通整理、搬入車の誘導など
時間単位でスケジューリングされていた。
その中で午後の1時間、
屋上点検という業務があった。
屋上から飛び降りる人がいないように
見張っている仕事。
客商売ゆえ大事だそうだ。
ましてやそのデパートが東尋坊華厳の滝のように
投身自殺の名所になっては困る。

なんとなくサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』みたいだなと
思って、制服姿でぼけーっと立っていた。
でも、いつやって来るかわからない自殺死亡者を防ぐなんて
あこがれないけど。

屋上の一角にペット売り場があったが、
閑古鳥を飼っていた。
ギリシャリクガメが水槽の岩場にのぼり、
気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。

幸いに、アルバイト中、事件は起きなかった。
とっくにそのデパートは無くなってしまった。
数年後、別なデパートのチラシのコピーを書く仕事に就くとは
まったく考えていなかった。

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