ビルドゥングスロマンとして

海軍 (中公文庫)

海軍 (中公文庫)


『海軍』獅子文六著を読んだ。
発表時は、本名の岩田豊雄名で。
ちなみに、文六は文豪(五)の上をいく六とかでつけたそうだ。
同著者の『娘と私』に、そのいきさつが書いてある。
当時新聞連載小説でヒットした作者に
海軍をテーマに連載小説の依頼があったとか。
最初は逃げ回っていたが、
ついに書かざるを得なくなる。
書くならば、好戦、戦争賛辞なんてまっぴら。
英霊偉人伝ではなくて、あくまでも海軍を志した青年の生き方を。
それで了承してもらい連載に踏み切った。

なんだかノンフィクションのようにリアルな小説。
確かに主人公は実在した人物だが、
鹿児島の旧制中学から難関の江田島にあった
エリート軍人養成機関海軍兵学校を受験、合格。
そこで心身ともに鍛えられる。
刺激となる同期、手本となる先輩、教官。
良質のビルドゥングスロマンだ。
なんとなく知っていた海軍兵学校のカリキュラムや施設などが
よくわかる。
同じ中学で受験して落ちた友人は、やがて軍艦などを描く画家となるが、
この人物が話に奥行というかうまみを与えている。
やがて主人公の戦死であっけなく幕切れ。
画家となった男の妹が主人公に淡い恋心をずっと抱いていたが、
突然の永遠の別れとなる。か、かなし~い。
見事なまでに国威発揚臭がない。とぼくには思えた。

作者は戦後、戦時下『海軍』を発表したことで、
GHQによるパージを恐れて確か後妻の郷里のある四国に身を潜めたそうだが、
それだけ話題作、人気作だったのだろう。
小林多喜二の『蟹工船』も読んでみて
これで殺されちゃったのと思ったけど。それとおんなじかな。

今は図書館から借りた獅子文六の主に食に関する随筆を読んでいる。
昔の本なので黄ばんでポイント数も小さくて読みにくいんだけど、
これが楽しい。明らかに伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』の先達と言える。

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