汗まみれ

木星の月

木星の月

東京は、まだ梅雨明けしないのか。
湿度がまとわりつく、アジアの温帯(もう熱帯?)モンスーン気候。
肉体作業後、汗まみれの体をシャワー、
髪からお湯割りとなった汗が口に入る。
塩味とミネラル分。なんかダシのような。
なぜか、『包丁人味平』の潮汁対決を思い出した。
味平の汗がお湯に入ってすんばらしい潮汁になったという
いささかバッチイおち。

木星の月』アリス・マンロー著を読む。
初期の作品で、洞察力の鋭さは感じるが、
結構、文章も描写や会話が意外と饒舌。
次第に文章を削るようになっていったのかな。
映画監督成瀬巳喜男が、脚本に書かれた台詞をとにかく削ったように。
ま、映画は絵を見れば、くどくど状況をしゃべらなくてもわかるが、小説は。

著者の最新作である『ディア・ライフ 』をしょっぱなに読んだが、
小説というよりも長い散文詩のように思えて、
何度も読み返した。この引用も当てはまるな。

「小説は、すごく頭のいい人たちが考えぬいた言葉に身を任せて
いればいい。三島だの太宰だの村上春樹もそう。
頭のいい人たちが考えてくれるので受け手は楽でね。
ところが詩は個人的な言語だから、読む人が書き手と一緒に考えていく。
小説はすぐれた人たちがぜんぶ説明してくれる」

(いま、詩をよむこと 荒川洋治 蜂飼耳 対談 荒川の発言引用
『現代詩年鑑 現代詩手帖2013年12月号』より)

どうやら「ぜんぶ説明」することを作者はやめたようだ。
想像の翼をこぴっと羽ばたかせないと、いけないらしい。
ちなみに表題作と「ターキー・シーズン」が、気に入った。
あるいは山下達郎のギターの師匠である松木恒秀のギターと同じで
少ない音数で最高の音色を奏でるっていう、あれだ。
省略と抑制。

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