小さいおうち

小さいおうち

小さいおうち


1944年マリアナ諸島が陥落し、以降米軍の東京などへの空襲が本格化した。
『ぼくたちの好きな戦争』小林信彦著によれば、
でもそれまでは、戦時下といっても物資、つーか贅沢品不足だったが、
暮らしは意外とのんびりしたものだったそうだ。
慶応予科の自称不良学生だった安岡章太郎
悪い仲間と本物のコーヒーを飲ませる
喫茶店探しに夢中になっていたことを安岡のエッセイで読んだことがある。


で、『小さいおうち』中島京子著だ。
戦前も戦争も知らない作者なのに、
見事に戦前の中産階級の山手生活を女中の回想スタイルで描いている。
ノンフィクション作家はもちろん作家とて読み込んだ資料の呪縛とでも
言えばいいのか、そこから抜け出すのは、困難だと思うのに、
いとも簡単に小説に仕上げてしまった。
テクニシャン(小説巧者)だとは思うが、このさくっと感が
彼女の小説の魅力だ。
「小説家、見てきたような嘘をつき」で、虚構なのにリアリティがある。
上京したばかりの主人公がモダン都市トウキョウを歩く。
すると、燦然と建っている(同潤会)大塚女子アパートなど、
さりげなく織り込んでいる。
同じ女中を主人公にした『女中譚』という作品も読んだが、
こっちの方が文学としては数段上だと思う。
イーブリン・ウォーからカズオ・イシグロに流れている
英国文学の一範疇でもある貴族生活への郷愁、
すなわち今は思い出の中にしかない喪失感がほろ苦い隠し味になっている。


めでたく直木賞ももらったことだし、
スタジオジブリあたりでアニメーションにでもしてもらえないだろうか。
冒頭のカットは絵本『小さいおうち』を開く。
すると、お洒落な小さいおうちで甲斐甲斐しく働くうら若き女中さんが登場する。
おっと、ネタバレだ。


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