いいじゃないの、しあわせならば

しあわせ;かくてありけり (講談社文芸文庫)

しあわせ;かくてありけり (講談社文芸文庫)

何をしていた。朝ワークをしてから、
『文学の器』坂本忠雄著でリコメンドされていた本から
『しあわせ かくてありけり』野口富士男著を読む。


『かくてありけり』っていい題名だと思う。
ぼくの題名ランキングの中では
藤枝静男の『悲しいだけ』の次だな。
作者の波乱万丈な半生記。
失われし時を求めて@東京バージョン。
まさに事実は小説よりもってやつで、
私小説の範疇なのにストーリーがめっぽう面白い。
父親が実業家で母が置屋の女将。
父親は肉食系男子の典型で、何事もお盛ん。
商才はあるのだが、浮き沈みが激しく。
一方母親は苦労して作者を慶応幼稚舎に入れる。
出自をひたすら隠す作者。
市電や当時の神楽坂、飯田橋など東京の盛り場や
夏休みの千葉の海などの描写がいきいきと記されている。
幼稚舎の同窓が岡本太郎というのも何かのめぐり合わせか。
クールな筆致は、見事なまでに“私性”を消し去っている。


もう一篇は『しあわせ』。中身は老夫婦の病譚。
ちっともしあわせじゃないよって読み進んだら、
こんな結びの一文が。

「いつわりない本心を告げれば、むしろ落胆にすら
通じる悲哀にひたされているのだが、
上を見ても下を見てもきりがないように、
彼等夫婦など世間いっぱんの眼からすれば、
恐らくこれでもまだしあわせに見えるほうなのだろう」


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