「あんさ、俺らはいつものように、土曜日の真夜中、走りに行ったんだ。
集合場所は、死神峠のてっぺんにある潰れたドライブイン前。
死神峠？ああ、これはあだ名。正式には、釈迦堂峠。
俺らみたいなドリフト族やローリング族の先輩たちの間でいつの間にか、
ついた名前。だって、峠攻めるとか言うんだけど、とにかく事故ばっか。
峠に攻められてんじゃないのとか笑い話、腹抱えて笑える話じゃないけど。
はは、もっとも、おいらはシンナーやりすぎて歯無し、だけど。って。
おいおい、ドン引きかよ。
そうだ、そうだ、お化け、ヒュードロドロの話すんだった。出るって
噂はあったのよ、前から。ドライブイン前で集合写真撮ったら、メンバー
より一人人数が多かったり、峠、猛スピードで下っていると、追い抜いて
いくバイクが。でも、誰も知らない。どうも、事故って死んだ仲間の二番目
の兄貴らしいとか。
もっとすげえ話あるけど、聞く？せっかく東京から来てるしなあ、聞かせ
てやんべ。釈迦堂峠って戦国時代には、山城があったんだって。豊臣秀吉の
軍勢に攻められて、殿様の一族郎党が自害したとか。その怨霊が、城に出る
ってんで、麓に新しい殿様が新しい城をつくったって。んで、バイクで峠
走ってると、馬に乗った鎧甲冑姿の武士が、刀をこう
大上段に構えて全速力で向かってくるって。よくできた話だっぺ。はは〜」
ICレコーダーの録音は、ここで終っている。この取材が終った翌々日、
にぎやかに話してくれた彼は、釈迦堂峠をバイクで走っている途中、亡くな
った。体の正面から受けた刀傷のようなものが致命傷だったそうだ。
現場のときには、聞こえなかった馬のいななく声がかすかにした。ボリュー
ムをあげる。確かに聞こえる。
