ライトじゃないノベル

白暗淵 しろわだ

白暗淵 しろわだ

匍匐前進状態で進む日々。
集中力がすぐ切れるのは、いまにはじまったことじゃないが。
一歩進んでは、いやがる猫を抱いて、もう一歩進んでは、茶をすすり。
というニャンパターン。


『白暗淵(しろわだ)』 古井由吉著を読む。
短編集なんだけど、各編とも、凄みがあって内奥するものが
どっしりと重たく、読む方も気持ちだけは正座して、少しづつ読み進んだ。
一見哲学書を思わせる文体も、やはり、そうじゃなくて魅力的な小説の文体で、
作者の世界へ拉致されてしまう。引き締まった端整な文章。
この魅力をどう伝えればよいのか。
さんまのわた、かなと。
子どもの頃は嫌いだったが、大人になると、あの苦さ、食感が好きになる。
違うか。
作者の回顧する情景もしくは情事の描写に感化され、
自身の過去が、攪拌させられる。
しばらくすると、沈んでいたもの、あえて沈ませていたものが浮かび上がる。
忘れていたけど、覚えているものもあるが、すっかり忘れていたものまで
浮かび上がってくる。
ほの甘いものよりも、苦々しい、恥ずかしい、居たたまれない類のもの。


第二次世界大戦前―戦時下―焦土と化した敗戦―復興―好景気―バブル崩壊
と書くと、確かに時は移ろいでいるのだが、
作者にしてみりゃ一瞬のようだ。
この作品にもバラックの呑屋がつい昨日のように出て来るが、
先日、新宿御苑へ行ったときに、似た思いに駆られた。
南口の行き止まりにあった台湾料理店、新宿昭和館など…。
もっと遡ると、学生時代、よみうりランドスーパーカーショウの
会場係のアルバイトの帰り、汗まみれなんで、銭湯に寄ったら、
刺青の男がご機嫌で湯船に浸かっていて、
最寄り駅のキャバレーかピンクサロンの女性のひもを−それも二人−
しているなど勝手に話しかけられことを思い出した。
優れた小説には、読み手の心を刺激、小爆発させる
触媒効果があるのではないだろうか。


無性に古井由吉原作、神代辰巳監督の『櫛の日』が、
もう一度見たくなった。


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