「中国のウィリアム・ギブソン」

 

荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:陳 楸帆
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 新書
 

 『荒潮』陳 楸帆著 中原 尚哉訳を読む。


都市鉱山という言葉がある。
膨大なゴミを資源として再利用するもの。
携帯電話やパソコンには微量の金などのレアメタルが使われていて、
廃棄された携帯電話から金を抽出した場合、
実際の金鉱から金をとるより効率がいいとか。
ゴミの山はいまや宝の山で。
 
この作品の舞台となるシリコン島も膨大な電子ゴミからリサイクルすることで
宝の島となった。
選別するのは「ゴミ人」と呼ばれている貧しい人々。
雇い主は島に君臨している「羅、陳、林」が経営している企業。
そこに世界的な企業のコンサルが乗り出して
島の「環境再生計画」を三家に提案する。
ここでも根底にはアメリカと中国の利権争いが。
 
「ゴミ人」の少女米米。その健気さにひかれたのがコンサルの通訳、陳開宗。
父親はこのあたりの出身。
一家でアメリカへ移住した彼は外国人扱いされる。
いわれなき差別と劣悪な労働環境、低賃金。
「ゴミ人」のリーダーは三家の当主に待遇改善を訴える。
 
あれっ、SFじゃないじゃん。
いえいえ。随所にサイバーパンクっぽさがある。アクションシーンもふんだん。
こんなところ。
 
米米が襲われて覚醒するシーン。
制御できないパワーを知らないうちに発揮していた。
それが「外骨格メカ」、モビルスーツのようなものか。
米米は「外骨格メカ」と自分の意識のシンクロ率の向上を図る。

米米を守ろうとする陳開宗。
トラブルで片目を失い、ウェアラブルな眼球型ロボットインタフェースを入れる。
 
コンサルがドゥカティで疾走するシーンは大友の『AKIRA』のようだし。
 
戦争に人生を左右された日本人科学者・鈴木晴川の考案した「荒潮計画」とは。
彼女の考えたQNBは究極の「幻覚剤兵器」だったが、副作用は想定外だった。
そしてQNBの後継とされるものが最先端の科学でつくられていた。
装着した米米は徐々に進化、変化する。しかし、危険を伴っている。
 
嵐が去ったあと、静かな結末。島は救われたが、米米と陳開宗の恋の顛末は。
 
注目を浴びている中国SFの一作。こりゃアニメーションにしたらきっとヒットする。
夢の島公園に行ったことがある。緑が豊かで植物園もあった。
かつてのゴミの島の面影は微塵もなかった。
 

出口なし

 

 

『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』チェーホフ著 浦雅春訳を読む。
あらすじのような、感想文のような。

『ワーニャ伯父さん』
大学教授に好きな学問に没頭してもらうため、甥であるワーニャと教授の先妻の娘・ソーニャは屋敷を守り、畑を耕し作物を育て経済的なサポートをしてきた。
先妻が亡くなった後、娘のような若くてきれいな女性を後添えにもらった教授。大学を退官し、屋敷に戻る。
大学を離れた田舎の暮しは退屈そのもの。
若い妻と老後をエンジョイしたいのか、屋敷や土地を売却すると言い出す。
途方に暮れるワーニャ伯父さん。嘆く伯父さん。結婚もしないで尽くした年月を返せと言わんばかり。
ともに苦労をしたけれども、伯父さんがずっと恋心を抱いているのは姪ではなく教授の後妻だった。
主治医も彼女に好意を抱いている。
伯父さんはワインに酔った勢いでコクってみるが、けんもほろろ。自殺も考えるが、それもできない。
終幕の姪・ソーニャの台詞。

「ワーニャ伯父さん、生きていきましょう。―略―そしてあたしたちの最期がきたら、おとなしく死んでゆきましょう。―略―神様はあたしたちのことを憐れんでくださるわ。―略―そうしてようやく、あたしたち、ほっと息がつけるんだわ。―略―そうしたらあたしたち、息がつけるの!」

 救いようのない言葉。でも、本音なのだろう。

そこにチェーホフの醒めたリアルな視線を感じる。

訳者解説によると、改訂版では、ソーニャは不美人に設定が変えられたそうだ。

『三人姉妹』
父親が軍人で転勤で地方暮しとなった三人姉妹。
再び、モスクワでの都会暮らしを待ち望んでいる。
父親が亡くなってから火が消えたような家族。
長女・オリガは教師で独身。次女・マーシャは中学校の教師の妻。三女・イリーナは、堪能な語学を
活かせる仕事も田舎ではなく役所で働く。
父親つながりで軍人たちとは交流がある。
台詞の多さは、橋田寿賀子ほどではないが、昔流行ったTVのホームドラマのフォーマットだと思う。
ただし、明るい出口はない。岩屋に幽閉されたサンショウウオ状態。
具体性のないモスクワでの暮し。絵に描いた餅であっても、ないよりはまし。
向田邦子の暗い方のTVドラマと似たような人生のほろ苦さが味わえる。
だからいまだに毎年のように演じられているのだろうか。
 

思い出ぽろぽろ

 

映画監督 神代辰巳

映画監督 神代辰巳

 

 先週末は分厚い『映画監督 神代辰巳』をずっと読む。
特に初期の日活ロマンポルノから他社の神代監督の作品は、
ほとんど見ていた。
文芸座など池袋の二番館・三番館で。
十代終わりから二十代半ばか。

 

思い出ぽろぽろでレビューにならなくて困る。
以下ランダムに感じたところを。
 
〇監督デビューが40歳過ぎ。遅咲きだが、結果的に日活ロマンポルノで
開花した。
 
ゴダールが好きだったとは意外な感じ。ゴダールの映画との類似性はどこだろう。
 
〇純文学好きで文芸月刊誌を愛読していた。
なるほど。だから、古井由吉(『櫛の火』)や丸山健二(『アフリカの光』)、
中上健次(『「赫髪』)、石川達三(『青春の蹉跌』)の作品を映画化したのか。
 
〇母性本能をくすぐるタイプだったのだろうか。女性が気を許せるタイプだったらしい。女優のインタビューから知ることができる。
 
黒澤明のような完璧な映画づくりではなく、面白ければ現場スタッフや役者のアイデアも即採用するような監督だった。ま、納期、予算が厳しければそうせざるをえないけれども。
 
〇『青春の蹉跌』は長谷川和彦が脚本を書いた。原作とはかなり違うようだが、だって主演が萩原健一桃井かおりだぜ。映画につられて原作も売れたそうで、それが後の角川商法(映画と本のメディアミックス)のヒントになったとか。

とにかく「神代辰巳事典」。いたれりつくせり。索引も作品と人名で調べられる。
 
〇日活で人気のあった監督は藤田敏八だが、鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』に俳優で出ている。いまでいうなら吉田鋼太郎的魅力かな。
 
神代辰巳竹中直人監督の『無能の人』に鳥男役で出ている。
つげ義春の原作漫画とそっくり(↓)でびっくりした。

 

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背中合わせの喜劇と悲劇

 

 

桜の園/プロポーズ/熊』チェーホフ著 浦雅春訳を読む。
『かもめ』で戯曲を読むのに少しはなれたようだ。

桜の園
モスクワから美しい桜の園にある屋敷に戻った女性当主。当主の養女と相思相愛らしい商人は屋敷も桜の園も更地にすることを提案する。
まもなく広大な地所は「借金のかた」で競売に。
彼は女性当主の農地で働く農奴の子どもに生まれ、商人で成りあがった。
景気が良かった頃の美しい桜の園の思い出。
どうにもならないことは知っているが、嘆く当主。
桜の園はその商人が競り落とした。彼は桜の園を別荘地として売り出すようだ。
ふと田舎の大地主が戦後の農地解放で田畑を小作人に譲り、新規にはじめた商売が
うまくいかず、結果的に没落した、そんな悲哀を感じさせる。
使用人のみが残る古い屋敷。
終幕のト書きに「木を伐る斧の音だけが聞こえる」とある。
古いものの崩壊とそこから芽生える新しいもの。
 
『プロポーズ』
「一幕の滑稽劇」。正装して父親に娘との結婚の許しをもらいに来た男。
父親は歓迎する。次は彼女にプロポーズをしなければ。ところが、土地のことで
口論となる。そこに父親が現れる。結婚を承諾したが、土地の所有権となると別の話。
売り言葉に買い言葉。裁判沙汰になりかねない勢い。
父親から男の結婚話を聞いた娘は手のひら返し。男が好きだったと。
ようやくお互いの気持ちが通じ合う二人。今度は、どちらの飼い犬が可愛い、賢いかで
ケンカとなる。東京03のコントで見たい。
 
『熊』
「一幕の滑稽劇」。夫に先立たれ、ショックのあまり引きこもりとなった未亡人。
そこへ退役軍人の地主が登場。亡き夫への借金の取り立てにきた。
銀行への支払日が迫り、払ってくれるまでは動かないという。
未亡人と地主のすったもんだ。地主を「荒くれ熊」と罵倒する。
地主は決闘を申し込む。応じた彼女の心意気に魅了される。彼女の方も。
「あなたなんて嫌いよ!でも、いや…行かないで!」イエス、フォーリンラブ!(byフォーリンラブ)
 

梅雨時でもマスク、つらい

 

奪われた家/天国の扉 (光文社古典新訳文庫)
 

 「Social Distance」が「Social Death Dance」に聴こえたら

耳鼻科よりも神経科に行った方がいい。
 
アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短篇集』ルゴーネス著に続いて
『奪われた家/天国の扉』コルサタル著 寺尾隆吉訳を読む。
今年はアルゼンチン幻想文学を読む年になるかも。
ま、感想というか、あらすじというか、そういうのを。
 
『奪われた家』
「曽祖父母の代」から住んでいる古くて大きな家。
いまは「四十代」になった兄と妹が静かに暮らしている。
その家がなにものかによって、どんどんスペースを奪われる。
そこには大切なものや思い出のつまったものもある。
なにものかはわからないが、危険を感じて兄妹は、
長年住み慣れた家から脱出する。
短い話でオチもないが、読み終えてから怖さがひろがる。

『パリへ発った婦人宛ての手紙』
「パリへ旅立った」女性のアパートに引っ越した私。
突如、嘔吐に襲われる。吐いたのは、子ウサギだった。
マジシャンじゃあるまいし。次々と彼女は口からミニ万国旗のように
子ウサギを吐き出す。
全部で「十羽」もの子ウサギが、アパートの家具や絨毯を食い荒らす。
また嘔吐をもよおし、かわいらしい子ウサギが…。
 
『天国の扉』
亡くなった彼女がキャバレーで踊っている。
まさかとは思うが、確かに似てはいる。似てはいるが、恋人ではない。
彼女が開けていってしまった「天国の扉」は、当然だが、
そのキャバレーにはなかった。
紙面からアルゼンチンタンゴの官能的な音と激しいエロチックなダンスが目に浮かぶ。
恋人を失くした現実、深い対象喪失がひしひしと伝わってくる。
 
『動物寓話集』
夏休み、預けられた少女。そこには好奇心旺盛な男の子がいた。
ボウフラを顕微鏡でのぞいたり、
二人でアリを捕まえて飼育箱に飼ったり。
タツムリを観察したり。
微笑ましいのだが、どこか薄気味悪さも感じる。
庭にトラが棲息しているって、どんな庭なんだろう。

自由を『われらに』

 

われら (光文社古典新訳文庫)

われら (光文社古典新訳文庫)

 

 チェーホフなど、なんだか光文社古典新訳文庫を読む率が高い今日この頃。

その一冊、『われら』ザミーチン著 松下隆志訳を読む。

訳者というと個人的にはソローキンのバッチグーな翻訳をあげる。
文庫の帯の惹句がかなりすごい。
気になる人は書店店頭で要確認。
 
舞台は「1000年後。地球は単一国に支配されている」
そこでは全国民は何もかもが国家からの管理下にある。
フーコーの提唱したパノプティコン社会を実現している。
 
セックスまでなんだか事前に検査され、スケジュール管理され、
「該当日」に申請、ピンクのク―ポンが配給され、
営むときにクーポンを渡すという。
優生学的なものが背後にあるのだと思うが、説明はない。
 
主人公は「数学者で、宇宙船『インテグラル』の建造技師」。
彼が書いた40の「記録」からなる。

そこには、仕事のこと、友人や気になる女性のことが記されている。
監視されている重苦しさからあえて逃れようとしてなのか、
時折予定外の行動をする。酔っているような、ラリっているような。
 
宇宙船『インテグラル』のテスト飛行で俯瞰する地球、単一国。
最終の記録40で単一国の「指導者恩人」と会う。
危険思想は除去、粛清される。
ああ確かに『1984年』のラスト部分と雰囲気が似ているかも。
 
国民総背番号制度などで一切の個人情報を見える化しようとしている。
政府はいかに国民に便利かをアピールするが、
はてさて、それは政府にとって便利なわけで…。
 
本作は確かに「ディストピアSF」の古典だが、
1920年代に刊行された作品とは思えないほど新しく、みずみずしい。
ま、新訳、訳の良さもあるとは思うが。
登場人物がすべて記号であらわしているので、即物的な印象を与え、
結果としてSF的純度を高めている。
あるいは抽象化、神話化ってことかな。

一周してナターリヤ・ソコローワやミハイル・ブルガーコフなど
このあたりのソ連のSF系の作家がナウ。埋もれている人はいないのだろうか。おせーて!!
関連したレビュー。
 
『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ著 

soneakira.hatenablog.com

『犬の心臓・運命の卵』ミハイル・ブルガーコフ  

soneakira.hatenablog.com

 

道を閉ざされたら、別な道を拓けばいい

 
コロナ禍で図書館が閉まっていて手持ちの本を読むことが多かった。
『恐怖の愉しみ』上・下 平井呈一編訳も改めて読んで名人芸的な訳文に魅了された。

 

断弦

断弦

 

 

 
『断弦』岡松和夫著を読む。著者は平井呈一の姪の夫にあたる。
 
怪奇小説の翻訳者、紹介者として知られている平井だが、
かつては佐藤春夫永井荷風に師事していた。
特に永井荷風には語学の才能がある上に俳句などをたしなみ、江戸文化にも明るい平井は将来有望な弟子だった。
実質、永井のゴーストライターも担っていたとか。
ところが、生活苦から荷風の書や色紙の偽書
四畳半襖の下張』を内緒で持ち出して筆写したなど
今でいうコンプライアンス違反を犯して出禁、破門となる。
 
当時、平井は妻子の元を出て愛人(知人の未亡人)と暮らしていた。
それだけでは気が収まらないのか、永井は平井をモデルに小説を発表する。
フィクションゆえ話はかなり盛られていたそうだ。

そして平井は作家の道を閉ざされ、干されて、翻訳へと進む。
この本でその真相を探っている。
 
なぜそこまで高名な作家がいわば弟子をやっつけたのか。
著者は永井自身の保身のためだったのでないかと述べている。
戦争が大きな影を投げかけてきた頃。
エロティックな小説で知られる荷風
世間に流れてしまった発禁本『四畳半襖の下張』。
軍部に痛い腹を探られないようにするために手を打ったのだと。
軍国主義への恐怖から。
 
「可愛さ余って憎さ100倍」とはこのことか。
荷風の『断腸亭日乗』を読むと、変人よりも徹底した個人主義者ぶりが見える。
あらかた内容は忘れてしまったが、独身者には生きにくい社会とか時代とか書いていて、
おお都市生活者の先人じゃんと思った。
 
平井の翻訳でヨーロッパの田舎の舞台の怪談だとまれに会話に新潟の方言が使われる。
江戸っ子なのにと思ったら、疎開先が新潟県小千谷で英語の講師をしていたそうだ。
ここも妻子と愛人ともに。意外なことにうまくいっていたそうだ。
 
怪奇小説山脈に平井が先陣となって切り拓いた細い道も
その後を追う人たちによって太くなってきた。
 
たぶん平井の唯一読める小説が『真夜中の檻』。『真夜中の檻』平井呈一のレビュー
 
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